「文化地域集権」の可能性をめざして 京都府への提言 いま、「地域主権」という言葉があるようで、地域分権とどう違うの?とか、国民主権と矛盾するのでは?という議論もなされているそうです。 昔から私は、「地域集権」という言葉を使ってきました。<国家(国民主権)=国(中央政府)+地域(地方政府)>と図式化すると判り易いと思いますが、できるだけ地域(地方政府)でできることは地域でする、そのとき国(中央政府)の決定に従うのではなく地域でなにをするかを決められるようにすべき、という意味で、これを使っています。 とりわけ地域における文化政策の決定は重要なことで、東京という中央が文化のあり方を決めるいままでのやりかたは、東京でしか演劇ができない、美術展を各地域でしても意味がないという、中央文化志向の哀しい現実を拡大しているだけであります。 いまこそ、京都府は率先して文化政策を地域に委ね財源を移譲するように
![京滋私大教連(大学教職員組合)に書いた文章を載せておきます。 | 【こぐれ日乗】by 小暮宣雄 芸術営 アーツ 文化政策 コモン自治](https://cdn-ak-scissors.b.st-hatena.com/image/square/ea6203c8eec3a94d111986dee0995a126bcae78a/height=288;version=1;width=512/https%3A%2F%2Fpds.exblog.jp%2Flogo%2F1%2F200407%2F06%2F66%2Fa0034066.jpg)