出版社をはじめてから、思いがけないことがたくさん起こる。文学ムック「たべるのがおそい」を創刊できたこともだが、そこから今村夏子さんの『あひる』が生まれたこともだ。思いがけず芥川賞にノミネートされたとき、こんなことが起こることもあるのかと驚き、つづけていればこんな恩寵のようなことが訪れるのかとうれしかった。 ずっとメールでやりとりしていた今村夏子さんから、初めて電話をもらった日のことは忘れられない。「芥川賞候補」になったことをマスコミ公表するときに、「書肆侃侃房と田島さんを連絡先にしていいか」という問い合わせだった。わたしははじめて耳にする今村夏子さんのちょっとあまくゆったりした声のトーンに魅了された。はい、もちろんですと答えたのだったが、それはまだ、めまぐるしくいろんなことがおきる前ぶれにすぎなかった。 そのとき、あ、この作品を書肆侃侃房で出版することもありうるのだという思いが一瞬頭をかす