「私は辞任をする前から『早くお辞めなさい』と言っていました。知事の時とは違って、首相時代は、何をするにも足を引っ張られ、自分の意思を貫くのに必要以上の苦労を強いられましたから。体がもたない、と心配していました」 1994年4月、細川護煕首相(当時)が辞任した。就任からわずか9カ月で首相の座を自ら降りたことに、当時も「無責任」という批判が浴びせられた。だがファーストレディである佳代子夫人にとっては、細川首相の決断はむしろ遅すぎるものだった。 その理由は様々あるが、1つには、夫を強い首相として育て上げていくシステムが、現在の日本の政治制度や環境にはない、ということだった。合議による意思決定、任期不在で保証のない身分――。こうした状況から、日本の首相は、就任後でも、常に不要な権力闘争に巻き込まれるリスクを負っている。 細川首相の辞任から約15年たった今年9月1日。夜の緊急会見に臨んだ福田康夫首相
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