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2008年7月27日のブックマーク (3件)

  • アジア諸国からの「押し付け」としての憲法9条 | 私にも話させて

    憲法9条を理想化し、偶像視する言説は数多い。9条は人類の平和思想の理想が体現されている、9条は現代世界の進むべき方向性を提示している、と。現実の「平和憲法」体制は、韓国の徴兵制や沖縄の米軍基地とワンセットだと思うのだが、護憲派からは、「9条を輸出せよ!」という言葉まで聞こえてくる。今の護憲派は、暗黙のうちに、民主党や朝日新聞の軍事的国際貢献路線までも「護憲派」に数えているが、これも、「素晴らしい憲法9条を変えないでくれればそれでよい」という心性があるからである。 とはいえ、私も、「<佐藤優現象>批判」で何度も書いているように、改憲に反対する立場では護憲派と同じだ。ただし、後述するように、それは朝鮮人、一アジア人としてであって、日人と同じ立場からではない。 さて、私の疑問は、憲法9条とは、もっと散文的なものではないか、ということである。憲法9条は、崇高な平和思想に源流をおくものなのだろうか

    アジア諸国からの「押し付け」としての憲法9条 | 私にも話させて
  • 「吃音者宣言」(1976年) - hituziのブログじゃがー

    吃音は「きつおん」、吃るは「どもる」と よみます。 吃音者宣言 言友会 - ウィキペディア リンク先の文章を、ぜひ よんでください。はなしは それからです。 参考になる 伊藤伸二(いとう・しんじ)1977年『吃音者宣言―言友会運動十年』 伊藤伸二 1999年『新・吃音者宣言』 伊藤伸二『知っていますか?どもりと向きあう一問一答』 伊藤伸二(いとう・しんじ)編著 1999年『吃音と上手につきあうための吃音相談室』 水町俊郎(みずまち・としろう)/伊藤伸二 編 2005年『治すことにこだわらない、吃音とのつき合い方』 藤樹拓也(ふじき・たつや)2002年『吃音! 吃音者のどこが悪い?』 このなかから、『新・吃音者宣言』を紹介しておく。伊藤さんは、「《どもり》を死語にしたくない」という。 どもりに悩む人が吃るのと、あわてたら誰でもつっかえますよとは質的に違う。それを、誰でも吃りますよと表現さ

    「吃音者宣言」(1976年) - hituziのブログじゃがー
  • 吃音者宣言

    吃音者宣言 私たちは、長い間、どもりを隠し続けてきた。「どもりは悪いもの、劣ったもの」という社会通念の中で、どもりを嘆き、恐れ、人にどもりであることを知られたくない一心で口を開くことを避けてきた。 「どもりは努力すれば治るもの、治すべきもの」と考えられ、「どもらずに話したい」という、吃音者の切実な願いの中で、ある人は職を捨て、生活を犠牲にしてまでさまざまな治す試みに人生をかけた。 しかし、どもりを治そうとする努力は、古今東西の治療家・研究者・教育者などの協力にもかかわらず、充分にむくわれることはなかった。それどころか、自らのことばに嫌悪し、自らの存在への不信を生み、深い悩みの淵へと落ちこんで行った。また、いつか治るという期待と、どもりさえ治ればすべてが解決するという自分自身への甘えから、私たちは人生の出発(たびだち)を遅らせてきた。 私たちは知っている。どもりを治すことに執着するあまり悩み