世の中のおしゃれな人たちには兄や姉がいたり、街の空気やさまざまな情報に影響を受けておしゃれな格好をしてきたのだと思うけれど、わたしはそうではなかった。ショッピングセンターしかない片田舎に住み、女の子なんだから赤やピンクの服を着ればいいという母と緑や青が着たいというわたしの攻防戦が多少あったものの結局はお金を出す母の意見がそこそこ通った服を着ていたし、それは高校に入った直後まで続いていた。 今思い返すと、当時の(そして今も)原動力の大半は「見返す」という気持ちにあった。勉強をがんばっていたのも、その中学からはまだ入学した人がいなかったレベルの県外の高校を目指したのも、自分をバカにした人間に対し、絶対的な評価基準で上回ることで鬱憤を晴らしたかったからだ。 ある部分では、洋服への興味もこの延長線上にあるものだったかもしれない。中学でしか着ていないけれど、制服に対してはほぼ興味がなかったと言う方が