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ドイツ語と仏教に関するlotus3000のブックマーク (2)

  • 日記:中村元先生の「ドイツ語」を介して - ujikenorio’s blog

    - 中村が、一高でペツォルトと出会ったのは、一九三〇年のことだから、ペツォルトが仏教の個人授業を受け始めて十三年経ったころである。ペツォルトの授業は、小学校の教科書をドイツ語に翻訳するという内容だった。その授業の中で、ペツォルトはよく仏教についてドイツ語で語った。 日では漢訳の仏教用語がそのまま用いられて、意味がすぐには読み取りにくい。ところが、ペツォルトがドイツ語で語る仏教用語は、言葉の解釈が施され、意味を理解した上で翻訳されていて分かりやすくなっていた。それによって、中村は、分かりやすい言葉で仏教を語ることの必要性を痛感したといえよう。そして、仏教用語を分かりやすい言葉で説明した『佛教語大辞典』の編纂へとも発展していった。また、仏教を思想としてとらえることも、ペツォルトとのやりとりの中で培われたものといえよう。 日は仏教国といわれるが、公教育の場で仏教について触れることはなく、大学

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  • ujikenorio’s blog

    アカデミズム底辺で生きる流しのヘタレ神学研究者・氏家法雄による神學、宗教學、倫理學、哲學の噺とか、人の生と世の中を解釈する。思想と現実の対話。 2010年11月25日より「はてな」に雑文を移項いたしますので、今後ともどうぞ宜しくお願いします。 ついでですのでひとつ。 絶賛求職ちう。 過去(2007年8月28日〜2010年11月24日)の雑文は以下のURLより閲覧できます。 引っ越しがうまくいけばこちらへ完全移行の予定。 当分はココログと併用いたします。 Essais d'herméneutique 氏家法雄のブクログは以下のURLから閲覧できます。 ujikenorioの棚 (ujikenorio) - ブクログ - 折々のことば:978 鷲田清一 2017年12月31日 うたかたの仮の浮世の、はかない人間の一生を、何に託してみたところで、大なる差違はない (江戸川乱歩) ◇ 探偵小説

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