タグ

2013年10月2日のブックマーク (3件)

  • 柱上のヨーガ、驚異のマラカンブ

    エドワードの案内でやって来たヴィルプーラムは、外国人が訪れるような事はまずありえない、どこと言って特徴もない普通の地方都市だった。だが翌日の早朝、町の中心に位置する公園を訪ねた私は、ありえない光景に言葉を失う事となる。 この道場のマスターはウラガ・ドゥライ師。もう60を越える年配だが、若い頃は選手として活躍し、地元のヴィルプーラムに落ち着いてからは仕事のかたわらボランティアでマラカンブを教え続けてきたと言う。早速見せてもらったその実技は、想像を超えた異次元ワールドだった。 公園の広場に一の木の柱が立っている。それはぐらつかない様に数十センチの深さに埋められ、高さは2m5~60cmはあるだろう。太さは根元で20㎝弱。上に向かって軽くテーパーがかかって、最上部はバットの握りの様にくびれがついている。一見、クシュティで使うムクダルを長大にして握りを上に立てた様な姿だった。 その柱に向かって、ト

  • ララビアータ:ギッシング『ヘンリ・ライクロフトの私記』 - livedoor Blog(ブログ)

    イギリス的なものを代表するものと言ったら何だろうか? ゴルフ場の原風景ともなっている荒涼とした田園風景、人々が何の懸念もなく貶すことのできるあの味けない事、それらさえ、ギッシングの筆にかかれば、何とも懐かしいゆかしいものに変わる。 しかし、特に注意を引くのは、イギリス中産階級の持つ確信に満ちた良識である。彼らは平凡に流れることを恐れない。わざとらしい新奇なもの、独創をてらった病的な個性を目指したり、「天才的な」例外を無理に装うようなことは決してない。むしろ、凡庸な一般人に共有された信念の中にこそ、最も信頼すべき基盤を見出さねばならないという確信がある。 ヘンリ・ライクロフトに、このようなイギリス的良識を見ることができる。この精神は、自分を見失う危険の大きいところにおいてさえ、ある種の公正さ・正義の感覚を失わない。このような公正さにしがみつく努力は、それがはっきりと描かれていないだけに、返

  • 日本人の宗教アレルギーの原因 | 歴史するうさぎ

    またローマ教皇帰天の話から始まる。 アメリカ東海岸では午前4時からバチカンでのヨハネ・パウロ2世の葬儀の様子がライブで放映された。「4人の女王、5人の国王、14人の他宗教の最高指導者」が集まり、西側世界で史上最大の葬儀となったと報じられている(NBCとWashington Postによる)。日からは補佐官レベルのみ参列で、韓国も含めた西側各国の派遣団と比べると、見劣りすること極まりない。外交チャンスでもあるこういう機会に、どうしてこんなことしかできないのだろうかと疑問に思わざるを得ない(が、もちろんその理由はわからないはずはない)。 ここ数日、大学に行く度に聞かれることがある。 「日では教皇のニュースは十分に流れているのか」 その度に、他の国際ニュース並みの扱いではあるけれど、恐らくはこの欧米での報道の状況の意味がわからないままに、集められた情報を報道しているのに過ぎないように見える、

    日本人の宗教アレルギーの原因 | 歴史するうさぎ
    lotus3000
    lotus3000 2013/10/02
    日本における宗教教育の問題点、もっともそれでも仏教に偏っているという指摘もあるんだけどね。