江戸時代初期に建てられた鉄砲の生産現場として全国で唯一残る堺市の鉄砲鍛冶(かじ)屋敷から約1万1700点の古文書が見つかった。この屋敷に住む鉄砲鍛冶・井上関右衛門家が全国の旗本や大名、猟師らから1752(宝暦2)~1871(明治4)年に受けた注文件数が年最大で約330丁あったことが分かり、江戸後期は斜陽とみられていた堺の鉄砲産業が、実は盛んだったことが初めて明らかになった。【山下貴史】 市と関西大が調査した。市によると、井上家は寛文年間(1661~1673年)ごろに堺に住み着き、鉄砲製造の技術力と伊予・大洲藩との結びつきを生かして成長した。