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  • できないことのデザイン - レジデント初期研修用資料

    PCを操作するためのインターフェースは、紙テープからキーボードへ、ウィンドウとマウスへと、進歩した。PCの性能が向上して、できることが増えていく一方で、マウスやウィンドウといった、ユーザーから見たPCの顔は、「PCにできないこと」が、より分かりやすく伝わる方向で改良された。 その機械に「できない」ことをより分かりやすく伝えることが、デザインの役割なのだと思う。たとえばコンピューターを動かすための道具が、未だにパンチカードから進歩していなかったなら、ほとんどのユーザーは、マウスをクリックする代わりに、コンピューターを「呪符」で動く魔法の道具みたいに考える。世界のどこかに、「なんでもかなえる魔法のカード」があるはずだから、エンジニアはきっと、毎日のようにお客さんから怒鳴られる。 無茶なことをいう人が増えた 「あと4時間したら海外に出かけるから、今からこの下痢を止めて下さい」とか、子供が怪我して

    machinery_ltd
    machinery_ltd 2010/03/30
    「コンビニ受診」というのはもう日常用語だけれど、コンビニエンスストアが提供している価値というのは、たぶん「予期の代行」なのだったのだろうと思う。
  • 「もしも」の運用 - レジデント初期研修用資料

    あえて遠回りな問いを立てることで、より近い回答を得るやりかたについて。 たとえば「素人が3分間で朝青龍に勝てるやりかたを教えてください」なんて、格闘家の人にインタビューを行ったところで、たぶんたいした返事はもらえない。 それはそもそもが無理な問いだから、「無理」だとか「逃げろ」なんて返事ならまだいいほうで、「死んだ気で戦え」だとか、「素人でも余裕です」だとか、どうせ冗談にしか聞こえない、こんな問いには、いいかげんな答えしか返ってこない。 ところが「もしもあなたの息子さんが、今から3分後に朝青龍と戦わなくてはならなくなったら、あなたは3分間で何を伝えますか?」という質問を、いろんな格闘家に答えてもらったら、もう少し面白い返事がもらえるのだと思う。 「もしも」の状況に陥った息子さんに対して、たとえば格闘家としての自分のありかたを説く人もいるだろうし、とことん逃げるやりかた、「勝ち」というものの

  • 分業する人たち - レジデント初期研修用資料

    誰の胸にも自尊心があって、それを満たすには勝たないといけない。人が集まって、みんなが同じルールで勝ちを目指すと喧嘩になるから、個人が複数集まると、役割の分担が自然発生して、チームができる。 チーム内部での役割分担は、合議で決定されることもあるけれど、恐らくは役割分担というものは、場の自尊心を効率よく分けあうやりかたとして、半ば必然として自然発生するものなんだと思う。リーダー1人、あとは全員部下という形も多いけれど、みんなの自尊心を満たすなら、それぞれの得意分野に応じて、チームに複数の「専門家」を作ったほうが、効率がいい。 個人と個人でなく、「家族」みたいな複数の人たちと交渉に臨むときの考えかた。 ライフルマン チームに属する全ての人は、ライフルマンとなる。万能選手であると同時に、「状況」や「空気」で動く人たちでもある。特定の専門技能を持たないライフルマンが複数集まってチームを作ると、そこか

  • 神話としてのアンパンマン - レジデント初期研修用資料

    ハッヒフッヘホー。アンパンマン、腐敗と発酵の違いを知っているか?」 大体このへんから始まった、一連のおしゃべりをまとめた。 バイキンマンからこんな問いを投げかけられて、アンパンマンはたぶん、 答えを見つけられないはず。正義というのは来、「悪役」なしには存在できないから。 妄想:アンパンマンは山の神様だった 原作だとこのあたりは、アンパンマンの体は、ジャムおじさんのパン種に飛び込んできた星みたいな何かで、 バイキンマンは異星人だけれど、このあたりはあくまでも、人間の側から見た事実。 ここにこんな設定を持ち込むと、物語の意味が大きく変わって面白い。 「アンパンマンとバイキンマンは元は同類の存在であったが、片方はイースト菌で用に、もう片方は雑菌が繁殖し出来損ないとして廃棄された」 焼かれる前のアンパンマンとバイキンマンは、山の中に「パン種」として存在して、 ジャムおじさんの介入を受けること

  • 平凡なものをたくさん作る - レジデント初期研修用資料

    「すごいもの」を目指した物作りは最初の段階で行き詰まって、たいていの場合、上手くいかないような気がする。 「すごい」は相対評価だから、そこにはたぶん「平凡な」先客がいるはずで、 あとからそこに入り込むのは難しいし、その場所が狭かったなら、相手に打ち勝ってやっと手に入れたその場所は、 手に入れたときには価値がずいぶん下がってしまって、恐らくは投じた労力を回収できない。 量は質に転化する ある状況だとか、ルールがあって、同じ土俵で比較できる相手がいる場所で、 相手より、漠然と「すごい」ものを目指そうとすると、どうしても、アイデアの出現閾値が下がってしまう。 アイデアだとか、プロダクトにおいては、「量」を「質」に転化することはできるけれど、たぶん逆は難しい。 たくさんのアイデアを出すことで、偶然すばらしいものが生まれることもあるし、 質の不足を量で補うこともできるけれど、質の高いアイデアを出そう

  • くじ引きルールの考えかた - レジデント初期研修用資料

    「投票された票については、今までどおり候補者に配分する。無効票や白票、そもそも投票されなかった票は一つにまとめて、候補者全員で「くじ引き」を行って、勝った人がそれを総取りできる」というルールの補足。 たとえばそこに住んでいる住民に、投票というものを強制して、無理矢理「投票率100%」を実現したところで、 選挙に興味がない人は、やっぱり「どうだっていい」と思うだろうし、「誰が勝利したって世の中一緒」だと思う。 「くじ引きルール」というのは、「投票に行かない人はそう思っている」という仮定の下に、擬似的に、 安価に「投票率100%」と同じ状況を作り出そうとしている。 くじ引きという理不尽が選挙に組み込まれると、「まじめ」に政治家を目指そうという人は、選挙に対する意識の極めて高い、 投票率がほとんど100%の地域で勝ち上がらないといけない そういう場所は、激戦区であるその代わり、政治に対する関心が

  • コミュニティにおける祭事というもの - レジデント初期研修用資料

    コミュニティにおける正義には、「成果が最大」、「面子の損失が最小」、「嫉妬が最小」の、 3つのレイヤがあって、上位レイヤで正しいことは、必ずしも下位レイヤでの正しさを保証しないし、 上位レイヤで決定されたことは、しばしば下位レイヤでひっくり返される。 「経済」が政治と祭事を上書きした 「リスク」だとか「経済」といった考えかたがなかった昔、それこそ平安時代ぐらいの 大昔は、たぶん「政治」と「祭事」というものが、コミュニティの判断を左右した。 時代のどこかでたぶん、「成果」という考えかたが入ってきて、経済は、数字で測定可能なものだから、 説得の道具として便利な「経済」という武器は、「政治」という、従来の実務レイヤを上書きする形で、 コミュニティの行く末を判断するための道具として、便利に使われるようになったのだと思う。 お祭りというものは、野蛮で非科学的なものだから、「経済」という考えかたが導入

  • 状況記述言語について - レジデント初期研修用資料

    ライトノベルだとか、ニコニコ動画を見ながら考えていること。 登場人物が喋りだす 売れたライトノベル「涼宮ハルヒ」のシリーズは、なんだかんだ言ってもよくできている。3冊ぐらい読むと、頭の中で、 登場人物が、勝手にしゃべり出すような印象を受ける 「ハルヒ」の二次創作を、いろんな人が行っている。無数にあるから、適当につまみいするような読みかたしか できないんだけれど、読んでいて、自分が持っていた登場人物の印象と、ほとんど矛盾がない。矛盾しないということは、 二次創作の作者さんと、自分の脳内にいる登場人物とは、恐らくはだいたい同じ「人格」を共有できていて、 あの小説はたぶん、文庫3冊ぐらいの容量で、仮想人格みたいなものを生み出すのに成功している 「面白い小説」と「喋りだす小説」とは、重なりはほんの一部なのだと思う。「ハルヒ」よりも面白い小説は たくさんあるけれど、登場人物が喋らないものも、やっ

  • 無様にやるのは難しい - レジデント初期研修用資料

    相変わらず、教科書みたいなものを少しずつ書いている。 薬の使いかただとか、手技だとか、どうせ書くならば、なるべく「みっともない」やりかた、 不格好で、誰にでもできるような、熟練した人がそれを読んだら、あまりのくだらなさに笑ってしまうような、 そんなやりかたを書きたいのだけれど、それがとても難しい。 挿管チューブのこと たとえば人工呼吸器管理を行うときには、できるだけ太い挿管チューブを使ったほうが、 患者さんの全身管理がやりやすくなる。 太いチューブは入れるのが少し難しいのだけれど、それでも慣れれば簡単に入るようになる。 ベテランはだから、みんな太い挿管チューブを選択して、慣れていない若手には、 「もっと太いの使え」なんて、お前も速く一人前になれだなんて、発破をかける。 教科書には、太いチューブのメリットばっかり強調される。 喀痰吸引がやりやすいこと。患者さんの呼吸仕事量は、もちろん空気の通

  • 平凡なおもちゃの非凡な価値 - レジデント初期研修用資料

    問題が簡単そうに見えたなら、その人はまだ、問題の複雑さを理解できていない。 解答に驚きを覚えたなら、そのプロダクトは、まだ完成に至っていない 問題に突き当たって、その複雑さを理解できた人が作ったものは、たいていの場合、複雑すぎたり、 あるいは新しさが必要以上に強調されて、どこかいびつで、受け入れられない。ここが中間点であり、出発点になる 複雑すぎた第一世代は、洗練を経て、平凡に回帰する 新しいけれど複雑な製品は、どこかで根的な何かを突破して、シンプルで、画期的な何かへと生まれ変わる。 当に画期的な製品は、誕生と同時に、常識を上書きしてしまう。それは一見すると、 なんだか昔から存在していたような、誰でも思いつきそうな、平凡なものに見える おもちゃはしばしば「物の道具」よりも役に立つ 「おもちゃ」のおもちゃらしさというのは、使いやすさであり、見通しの良さであり、応用可能性の高さなのだと思

  • 「悪い人」とはつきあいやすい - レジデント初期研修用資料

    ソセゴン中毒のこと 当直あけて、朝も早くからソセゴン中毒の人に怒鳴られた。 麻薬系鎮痛薬の依存になってしまって、いろんな病院を転々とする人はけっこういて、外来でトラブルの種になる。 パターンはだいたい決まっている。外来では診断不可能で、実際痛くて、 入院中は、たしかに痛み止めとして、麻薬系の鎮痛薬を使うような病気。 「慢性膵炎で東京の病院にかかっている」 「今出張中で、紹介状も薬もない」 「痛みが強かったらソセゴンをうってもらえと主治医に言われている」 このあたりがキーワードになる。痛くて車いすに乗ってくるとか、 しわくちゃの、なぜか電話番号だけ入っていない、大学病院の紹介状を一緒に持ってくる人もいる。 痛みというのは患者さんの言葉を信じるしかないから、こういうのは実質診断不可能なんだけれど、 今はそもそも、「外来で麻薬をうってもらいなさい」なんて指示を出す同業者はいないはずだから、 「麻

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