韓国教育省は12日、検定制を採っていた中学・高校の歴史教科書を2017年から国定教科書に変更すると発表した。同省は国定歴史教科書を「正しい歴史教科書」と命名した。 韓国では歴史教科書を巡って、激しい理念対立が続いてきた。与党側は、現在の検定教科書について反米国・親北朝鮮の傾向が強いと主張。野党は、国定教科書になれば、過去の日本統治時代や軍事独裁政権を美化しかねないと反発して来た。 韓国では今後、この問題が大きな社会的な対立に発展するのではないか、と懸念する声も上がっている。(ソウル=牧野愛博)
しゃいん @shine_sann こないだルワンダ中央銀行総裁日記を強く推したから、バランス取る意味で服部氏のアレな面にもコメントしておくか。 しゃいん @shine_sann ル銀総裁日記には、赴任時酷かったル銀の建直し策として、外国人職員を呼んだこと、終業後に厳しい研修を行わせたこと、「人間不信のようでいやだったが」無断外出防止に役員室を通らないと外出できないよう改装したことが書かれている。しかし最重要はそこではない。 しゃいん @shine_sann 人事改革については「免職・懲罰権は私に集約した」程度しか具体的に書かず詳細を伏せているが、実はここが一番の肝である。なんと氏は、赴任後1期で行員のうち研修について来れなかった2/3を馘にしているのである。その中には大蔵大臣の親戚もいた。人間不信どころではない。恐怖政治である。 しゃいん @shine_sann この事実を踏まえると、「外
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北海道江別市西野幌にある「道立増田投稿者養成センター」の歴史は古く、明治2年に開拓判官島義勇が建白した「匿名筆録掛創設ニ関スル建白」にその淵源が求められる。 その後、初代北海道庁長官岩村通俊の時代にその必要性が認められ、明治20年に「庁立増田所」が札幌の創成川沿いに設置された。 当時は札幌農学校の講師が教授役を務めた。吏務員としての素養を高めるとともに人の気をひく匿名の文章を如何に作るかについて、北海道開拓というプレッシャーの中、日々を研鑽を積んでいた。当時はインターネットは無く、増田専用の文書を回覧し、開拓使に勤める吏員が印鑑を押下することによってブックマークとしていた。有名な職員の押印はやはり注目を集めた。岩村も自らが創設した部局とあって積極的なブックマークを行ない、出身の薩摩ネタ(「何言うちょっかわかりもはん」かが決まり文句)が職員の笑いを誘った。 ブックマークを多く集めた文書は翌日
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