1960年代を代表するマラソンランナーの一人で、監督、指導者としては宗茂・猛兄弟ら多くの名選手を育て、男女の実業団駅伝で計9度の全国制覇を果たした広島日出国(ひろしま・ひでくに)さんが23日、肺炎のため宮崎市内の病院で亡くなった。71歳。葬儀は25日正午、宮崎市錦町6の11のセレモニー宮崎メモリードホール。喪主は妻希代子(きよこ)さん。 宮崎県北郷村(現美郷町)生まれ。マラソンの日本最高記録を持っていた叔父の故・庫夫さんの影響で中学卒業後、農業をしながら一人でトレーニングに励み、18歳の時に初出場した九州一周駅伝で三つの区間賞。スカウトされ、21歳で旭化成に入社し、65年の朝日国際(現・福岡国際)マラソンで初優勝した。 72年に現役を引退し、77年から旭化成監督。宗兄弟や児玉泰介、谷口浩美らトップ選手を育成し、全日本実業団駅伝6連覇を果たした。 88年に女子の沖電気宮崎監督に転身。96、9