60年以上続く人気番組「おかあさんといっしょ」で第12代「体操のお兄さん」を務めたのが“まことおにいさん”こと福尾誠だ。2019年に番組に抜擢されると、親しみやすいキャラクターで瞬く間に人気を集め、今年2月の卒業発表時には多くのファンから「誠ロス」の声が続出した。4月に発売された写真集は発売前重版、4万部を突破するなどその人気はいまも衰えない。その福尾だが、実は幼少期から体操競技をはじめ、大学時代は五輪出場を目指すなど日本トップクラスの選手だった過去がある。
![『おかあさんといっしょ』“誠お兄さん”が“体操選手・福尾誠”だったころ 肩のケガ、辛いリハビリ、勝てない「天才」…それでも五輪を夢見たワケ (雨宮圭吾)](https://cdn-ak-scissors.b.st-hatena.com/image/square/0b56f2593b05c0b325bc62905a843eac6bf0fec9/height=288;version=1;width=512/https%3A%2F%2Fnumber.ismcdn.jp%2Fmwimgs%2F7%2F3%2F-%2Fimg_73cf045e89da66c49f3b9c4284805b94542879.jpg)
60年以上続く人気番組「おかあさんといっしょ」で第12代「体操のお兄さん」を務めたのが“まことおにいさん”こと福尾誠だ。2019年に番組に抜擢されると、親しみやすいキャラクターで瞬く間に人気を集め、今年2月の卒業発表時には多くのファンから「誠ロス」の声が続出した。4月に発売された写真集は発売前重版、4万部を突破するなどその人気はいまも衰えない。その福尾だが、実は幼少期から体操競技をはじめ、大学時代は五輪出場を目指すなど日本トップクラスの選手だった過去がある。
プレミアリーグのトッテナム所属する韓国代表FWソン・フンミン(29歳)が、今季リーグで23ゴールを記録し、アジア人初の得点王に輝いた。 ゴール数ではリバプールFWモハメド・サラー(エジプト代表、29歳)と並び、単独でのタイトル獲得とはならなかったが、それでも世界最高峰リーグとも言われるリーグで、アジアの選手が得点王になる日が来るとは誰が想像できただろうか。それこそフィクションとして漫画で描かれるようなことが、実際に目の前で起こったのだから、改めてアジアの枠を越えたソン・フンミンの能力の高さに感服せざるを得ない。 もちろん、母国・韓国でもソン・フンミンのニュース一色だった。これがどれほどの快挙なのか――。分かりやすいのが、韓国の尹錫悦(ユン・ソンヨル)大統領がわざわざ祝電を送っていたことだ。 「得点王はソン・フンミン選手個人の栄誉だけでなく、アジアサッカー界すべてが祝賀する慶事です。PKなし
「いや、お前が言うなよ」 これは、僕が海外生活において脳内で発したランキング、堂々1位のセリフです。自分の実力、過去の言動、現在置かれた立場、すべてを棚に上げて平気な顔で意見を言ってくる西洋や南米、アフリカの人たちに対しての第一感であり、「いやいやいや、お前が言うなよ」が第2位であることを考えても、その突出具合は際立っています。 「自分のことは棚に上げる」どころか、あげた棚ごと鍵をかけて窓から放り投げ、割った窓を背景に腕を組んで仁王立ちしているくらいの整合性の取り方の時もあり、僕は困惑や怒りを通り越して尊敬の眼差しを送ることになります。どの口が言うんだよ、よりも先に、反射とも取れるような速度で心の中にある意見を口から表出できることへの羨ましさを感じるのです。 それってこどもの特権じゃないの?と思いつつ、その意見が(僕にとっては)どんなにピントが外れたものでも、目を見て、素早く、堂々と言われ
2021年、日本サッカー界最大のジャイアントキリングは、天皇杯2回戦で起きた“おこしやすの奇跡”だった。関西1部リーグ所属のおこしやす京都ACが、J1の強豪サンフレッチェ広島を5対1で破ったのだ。その舞台裏には、「まともにボールを蹴ったことがない」と語るサッカー未経験の分析官がいた。(全2回の1回目/後編へ) 学生時代、部活に所属していなかった“サッカー店長”こと龍岡歩は、サッカーを見ることに多くの時間を費やした。高校卒業後は、9年間の海外放浪を経てサッカーショップに就職。並行して書いていた戦術ブログが関係者の目に留まり、サッカー素人でありながらJ3の藤枝MYFCに分析官として加入することなる。その後、おこしやす京都ACに活躍の場を移した龍岡は、先述したジャイアントキリングの当事者となった。 「試合前に『この試合勝てるよ』って言ったら、チームのみんなに笑われました(笑)。監督ですら10回に
チームは社会人選手と学生で構成され、元Jリーガーも昼間は社業に励んでいる。 さらに専用の練習場もなければ、ホームスタジアムもない。 関東リーグ1部にはほかに、都並敏史監督率いるブリオベッカ浦安、岡山一成監督率いるVONDS市原、前年王者で専用スタジアムを持つ栃木シティFCなど強豪チームが在籍し、「地獄の関東リーグ」と呼ばれるほど実力が伯仲している。 むろん、これらのチームも元Jリーガーを多数抱えている。 つまり、クリアソン新宿は戦力面や環境面で、突き抜けた存在ではないのだ。 それなのに、夏を迎えた頃に5位だったクリアソン新宿は、ここから一気にギアを上げ、劇的なゲームを積み重ねながら連勝街道を突き進んでいく。 「僕らは世界一を目指しています」 迎えた10月10日の最終戦の相手は、リーグ最下位に沈む流通経済大学FC。クリアソン新宿のホームゲームでありながら、流通経済大のグラウンドで開催されたこ
26日に行われたスケートボード女子ストリートで、16歳にして銅メダルを獲得した中山楓奈(ふうな)。ロングヘアーをなびかせ颯爽と滑り切った彼女は、金メダルを獲得した13歳・西矢椛(もみじ)とともに東京五輪から正式種目となった新競技で、歴史的快挙を成し遂げた。 その中山がスケートボードを始めたきっかけは、地元・富山にスケートパークが出来たことだったという。 「ちょうど9歳か10歳の時。父が昔、少しスケートボードをやっていたこともあり、連れて行ってもらった。スケートパークに行って楽しかった。明日もスケボーに乗りたいと思ったことが最初です」
「基本的に、ヨーロッパでは選手から代理人にコミッションは支払われません。その代わりクラブから直接コミッションを支払ってもらう。それが彼らのビジネス慣習です。 一方、日本では選手から手数料が支払われてきた。僕たちはこのローカルルールに従わず、グローバルルールを適用します。基本的に選手から支払われる手数料0%で代理人業務を行います」 選手から手数料を取って当たり前だった日本の代理人業界にとって、まさに青天の霹靂だ。ビジネスのやり方が大きく変わる可能性がある。 選手にとっては、毎年払っていた料金がタダになるのだから前のめりにならないわけがない。 現在、上述の2人に加え、シュミット・ダニエル(シント・トロイデン)、板倉滉(フローニンゲン)、齊藤未月(ルビン・カザン)、藤本寛也(ジル・ビセンテ)、西村拓真(仙台)、町田浩樹、荒木遼太郎、山田大樹(ともに鹿島)、田川亨介、内田宅哉、バングーナガンデ佳史
これまで国際舞台やJリーグのピッチに立ち、多くの試合を裁いてきた家本政明。プロの審判となってから今季で16シーズン目を迎える。正当なジャッジを志しながらも、勝利を揺るがした判定や退場者を誤ったミスジャッジにより、時に罵声を浴びながら、たった1つの笛と共にその仕事に向き合ってきた。自ら「日本一嫌われた審判」と振り返るその半生を、本人の筆でつづってもらった。(全2回の後編です。前編「ゼロックス杯の悲劇『僕は評価と規則の奴隷』だった」から読む) 【第3章 繰り返される失敗の根源と向き合う/2016年~18年】 2008年の「富士ゼロックス・スーパーカップ」以降、僕は大々的な「自己改革」に挑み、その結果として多くの重要な試合を任されるようになりました。ところが、2016年の「Jリーグチャンピオンシップ決勝第1戦 鹿島アントラーズvs.浦和レッズ戦」で再び奈落の底に突き落とされます。 この試合は、両
これまで国際舞台やJリーグのピッチに立ち、多くの試合を裁いてきた家本政明。プロの審判となってから今季で16シーズン目を迎える。正当なジャッジを志しながらも、勝利を揺るがした判定や退場者を誤ったミスジャッジにより、時に罵声を浴びながら、たった1つの笛と共にその仕事に向き合ってきた。自ら「日本一嫌われた審判」と振り返るその半生を、本人の筆でつづってもらった。 【第1章 評価と競技規則の奴隷/2005年~08年】 はじめに――。 19歳のときに始めた審判活動も、今シーズンで29年目を迎えます。この間、国内外合わせて1200試合以上の公式戦を担当してきました。 最近では「名前を聞いて安心できる審判」「選手と一番コミュニケーションをとる審判」「今一番面白い試合をする審判」という声をたくさん聞くようになりましたが、それはひとえに、誰よりも数多くの失敗を経験し、批判と失敗に向き合い、改善に改善を重ね、常
1月10日、11日に行われた王将戦第1局でも挑戦者の永瀬拓矢王座を破るなど、36歳でも衰えとは無縁の強さを見せる名人・渡辺明。「脳の研究者に会いたい」と語っていた名人が昨年末に訪れたのは、東大教授で日本の脳研究の第一人者である池谷裕二の研究室。 Number将棋特集第2弾で実現した、脳を使うスペシャリストと脳を考えるエキスパートの2人による対談は、脳の老化から、棋士の研究法の変化、対局前や対局中における有効な脳の使い方まで、徹底的に論じられた。その白熱の内容は是非、将棋特集に掲載されている本編でお楽しみいただくとして、誌面に掲載しきれなかったのが、将棋とAIについて。 渡辺といえば、AIによる研究の深さでも知られる棋士。AIの性能が上がり続ける中、将棋の未来をどのように感じているのだろうか。 ◆◆◆ 池谷 AIによって若い棋士の将棋は進化していると思いますが、将棋というゲーム自体も進化して
西野勇士(ロッテ)、東克樹(DeNA)、田島慎二(中日)、堀田賢慎(巨人)、石川直也(日本ハム)、戸田隆也(広島)、近藤大亮(オリックス)、森雄大(楽天)、そして種市篤暉(ロッテ)――。今年、肘の靭帯に断裂を起こし、再建するトミー・ジョン手術を受けた現役のプロ野球選手は9人にのぼる。ルーキーの堀田を除けば、1軍ローテーションや勝利の方程式の一角を務めたことのある投手ばかりだ。 前編でお伝えしたトミー・ジョン手術への理解が広まった結果であるが、一方、この手術に至る怪我が増えていることを歓迎していいと言う訳ではない。手術をすれば怪我が治ると言うだけのものであって、一番いいのは手術にいたる選手が少なくなることだ。 事前に立てた“4つの仮説” では、肘の靭帯損傷の要因には、どんな要素が考えられるのか。 筆者が事前に立てた仮説をもとに、トミー・ジョン手術の執刀医である慶友整形外科病院の古島弘三医師に
屈強な肉体に柔らかな足元の技術と冷静さ。アドゥリスはバスク出身らしさを凝縮した、いぶし銀のストライカーだった。 「アスレーーーーーーーーーーーーーーーーティック!!」 「エウプ!!」 ピッチ上では2つの列を作ったチームメートたちが、均等に2メートルの距離を開けて立っている。みな下はジーパン、上はユニフォーム姿。背番号は揃って20で、口にはマスクを着けている。 「アスレーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーティーッィク!!!」 「エウプ!!!」 その光景を目の当たりにすると、アリツ・アドゥリスは驚きと嬉しさと恥ずかしさが入り混じったような笑顔を浮かべた。 「アラビ! アラバ! アラビン、ボン、バ! アスレティック! アスレティック! ゲウリーア!」 掛け声に続き、勢いよく流れはじめたイムノのイントロと仲間たちの拍手に包まれながら、彼は妻と2人の娘と共にピッチに足を踏み入れた。 チームメー
新型コロナウイルス感染で入院していた大相撲三段目の勝武士が5月13日、ウイルス性肺炎による多臓器不全のため28歳の若さで亡くなった。新型コロナでの死者は角界では初。20代以下の死亡も国内では初めてのケースという。 日本相撲協会によると勝武士は4月4~5日にかけて38度台の発熱があり、師匠の高田川親方(元関脇安芸乃島)らが保健所や近隣病院に電話で何度も問い合わせたが診察や検査は受け入れてもらえず、血痰が出た8日夜になってようやく都内の大学病院に入院。翌日に転院し10日にPCR検査で陽性と判定され、病状が悪化した19日からは集中治療室で治療を受けていた。 強いはずの“お相撲さん”がウイルス感染がもとで亡くなったという事実はあまりにも衝撃的で海外でも大々的に報じられた。 普段のスポーツ報道では関取ではない幕下以下の力士の活躍が十分に扱われることはまずない。おそらく今回の件で勝武士という力士を初め
2018年10月、経営参画が決まってホームスタジアムを訪れた際の1枚。藤田オーナーとゼルビアは、どのような道を歩むのか。 10月11日、Jリーグ界隈を賑わす、1つの出来事が町田で起こった。 町田のサポーターミーティングに参加した藤田晋オーナー(サイバーエージェント代表取締役社長)は、クラブの“未来構想”と題したプレゼンテーションを展開。そこでクラブのリブランディングの一環として、チーム名を「FC町田トウキョウ」に改称する意思があることを表明した。 Jリーグの歴史において、チーム名に新たな地域名などが加わることがあっても、これほどまでに大きな改名は前例がないため、サポーターミーティングは紛糾。質疑応答の場で、ある大学生サポーターが涙交じりに“ゼルビア愛”を語ると、事態は一変した。 若手サポーターの声に聞き入った藤田オーナーは、最終的にチーム名の改称を保留し、1週間が経過した10月18日のこと
「僕は、日本のハーフの子供たちのためにプレーしたい」 八村塁は、最近、いくつかのアメリカの媒体の取材に答えて、そう話している。西アフリカの国、ベナン出身の父と日本人の母の血を継ぐハーフとして、同じようなハーフの子供たちのロールモデルとなると自ら宣言したのだった。 それで思い出したことがあった。4年前、まだ八村が仙台の明成高校にいたときのこと。夏に日本代表に参加していた彼を取材させてもらったことがあった。バスケットボールを始めたいきさつや、代表活動の経験、アメリカやNCAAに対する思いなどを聞いた後で、高校生に聞くには少し繊細な話題かと思いながらも、ハーフであることで苦労したことがあるか尋ねてみた。 「ハーフで苦労したことはない」 すると、八村はあっけらかんと「(苦労したことは)ないです。絶対にハーフでよかったです。それは、もう言い切れます」と、きっぱりと断言したのだ。 「こういう、いい身体
「僕がここにいるのは彼のおかげなんだ」 イニエスタは、はっきりとこう言った。 欧州、中国、米国のクラブなど世界中から多くのオファーを受けたアンドレス・イニエスタは、一時は中国行きがほぼ決定とも言われた。しかしそんな競合を制し、彼を日本へと連れてきたのが楽天会長の三木谷浩史氏だ。 世界的人気を誇るスターのJリーグ入りは大ニュースとなり、「イニエスタ」、「ヴィッセル神戸」、「楽天」の3ワードは世界を駆け巡った。 スポーツ界で世界を舞台に仕掛け続ける三木谷氏は今なにを考えているのか。 イニエスタ獲得で成し遂げたいこと。投じた巨額の費用は採算が取れるのか。そして現在のスポーツ界をどう見て、なにを目論んでいるのか。 日本列島がイニエスタの衝撃に揺れていた8月中旬、遠くに東京の街を見渡すオフィスで大いに語ってもらった。(Number960号掲載記事の一部を特別抄録) 彼が来ると「サッカーが全く変わりま
「いまになって振り返ると、どれほど失礼なことをしていたんだろうと思いますよ。現役時代には知らなかったことが、あまりに多くあって……」 自戒を込めて苦笑いする御厨(みくりや)貴文さんは、長崎県生まれの34歳。2007年に大阪体育大から当時J1のヴァンフォーレ甲府に入団した、スピードが特長のDFだ。8年間の現役生活でリーグ戦159試合に出場。移籍先のザスパ草津(現・ザスパクサツ群馬)とカターレ富山では、それぞれキャプテンも務めた。 「1-0でリードしていた試合でした。アディショナルタイムは3分と表示されたのに、やたら長くてなかなか試合が終わらなかったんで。『もう何分経ったと思っているんですか』という意味のことを、とってもイキのいい表現で(笑)。 主審に言って、イエローカードをもらったことがあったんです。アディショナルタイムの間に選手交代やケガ人が出たときには、開示はされないけれどアディショナル
CLこそ準優勝に終わったが、サラーらをワールドクラスに引き上げた。クロップはやはり現代サッカーの名監督なのだ。 「ミスター・クロップ、信じられないほど見事なシーズンでした。ありがとうございます。それはまさに英雄の叙事詩(エピック)のように壮大なものでした。あなたは真のロックンローラーだ。おそらく、古き良き時代のロマンティックなフットボールを思い起こさせてくれる最後の監督です。私のこの意見には、世界中の多くのファンやジャーナリストが同意することでしょう」 ウクライナ人はラブリーだ。チャンピオンズリーグ決勝後の記者会見で、僕の右隣に座っていた地元の若い男性レポーターはずっとジリジリしていた。洒落た眼鏡をかけた青年はリバプールの監督にどうしても感謝を伝えたくて、長いあいだ時々小刻みに震えながら手を上げ続け、発言の許可を得ると立ち上がり、ちょっと大げさに聞こえるそんなスピーチをした。 「帰路はとて
ハリルホジッチ監督が解任された。 田嶋会長の会見を聞いた。 東京五輪を見込んで、全員日本人で団結したかったということでしょうか。21世紀にしてその発想とは、虚しい。悔しい。 私は、単一民族主義は間違っていると思う。理性を働かせて理解することはできるが、必ず失敗することも知っているから。 ハリルさんが育った旧ユーゴスラビアの黄金期は、すくなくともスポーツや文化において、あらゆる民族、宗教、文化が混ざり合った'80年代だった。彼の母国であるボスニアで開かれた'84年のサラエボ五輪はその象徴だった。 サッカーでも、マラドーナのアルゼンチンを追い詰めたオシム監督のユーゴスラビア代表は人種のるつぼだった。ハリルさん自身も異なる民族の血を引き、国際結婚をし、異国(フランス)で自分の子供たちを育てたのだ。 だからコスモポリタンなハリルさんが日本代表の監督になった時、とても嬉しかった。日本サッカーが変わる
エースはメッシでも、バルサをバルサたらしめていたのはイニエスタだった。彼の移籍はクラブ文化そのものの危機なのだ。 ボディービルダーのような体つきをしたクラーク・ケントは、自分がスーパーマンであることを隠すために、いつも猫背で歩き、冴えない黒縁眼鏡をかけて、時々みんなの前で大げさに失敗をやらかしてみせた。 平均的な日本人男性くらいの体格で、ずいぶん長く日差しを浴びていないような顔色をしたアンドレス・イニエスタに、そんな努力は必要ない。枯葉に擬態するコノハチョウのように日常に溶け込んでしまう彼を、誰もスーパーマンだとは思わないからだ。 以前スペインのTV番組で、イニエスタがあるショップの店員に扮して接客するドッキリ企画があった。そこではほとんどの人が、目の前にいるやけに制服姿が似合う男性の正体に気付かなかった。 メディア受けしない地味なルックスは、サッカー専門誌の編集者も悩ませた。 「良い選手
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