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パワハラに関するmikiponnsukeのブックマーク (4)

  • 「仕事のできない人」は会社から排除される。けれども、社会は「働かない人」に寛容ではない。 - 日々、思うこと、考えること。

    昨日、こんな記事を目にした。 blog.tinect.jp そこで、こんなコメントを残した。 「仕事ができる人」は「仕事ができない人」を会社から排除する。けれども、一方で、仕事ができないがゆえに「稼げない」「働けない」「働く意欲が持てない」人間は社会からも排除されるんですよねぇ。 これは私の個人的な感想だ。確かな文献もなければ、はっきりとした数字もない。けれども、どうしてもそう思えてならないことがある。 それは、 「仕事ができない人(能力的な理由だけでなく、物理的な理由であっても)」を直接的、間接的に退職に追いやる人(実際には行動に移さずとも、心の奥底では退職してほしいと常日頃願っている人も含め)の姿と、「専業主婦」や「生活保護受給者」などの「(無理をすれば)働けるのに、働かない人」を批判する人の姿は、うまい具合に重なり合っているのではないか。 と言うことだ。 理由は以下の通りだ。 「仕事

    「仕事のできない人」は会社から排除される。けれども、社会は「働かない人」に寛容ではない。 - 日々、思うこと、考えること。
    mikiponnsuke
    mikiponnsuke 2019/08/24
    人は無意識(時には意識的)に「仕事をの出来ない人」もっと言えば「生産性がない人」を自分のテリトリーから排除したがる。けれども、自分のテリトリー外の「仕事のできない人」が働かないのは許せない。
  • 「パワハラ」の先にあるかもしれない「ひきこもり」 - 日々、思うこと、考えること。

    昨日、お昼のワイドショー番組「バイキング」で気になる話題を取り上げていた。パワハラの定義に関してだ。 厚生労働省が発表した「パワハラ6類型」について、番組MCのタレントやひな壇芸人、街頭インタビューでの一般市民の声など、様々な意見が飛び交っていた。 「パワハラ6類型」の詳細については、以下のリンク先で動画等で細かな事例付きで詳細に説明されている。 国としては、「パワハラ6類型」をこのように定義しているようだ。 精神的な攻撃~脅迫、名誉棄損、侮辱、ひどい暴言 身体的な攻撃~暴行、傷害 過大な要求~業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害 過小な要求~業務上の合理性なく、能力や経験からかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと 人間関係からの切り離し~隔離、仲間外し、無視 個の侵害~私的なことに過度に立ち入ること 想像通りと言うべきか。 番組内では、MCやひな

    「パワハラ」の先にあるかもしれない「ひきこもり」 - 日々、思うこと、考えること。
  • パワハラ・セクハラの、背景を重要視する、ということ。 - 日々、思うこと、考えること。

    明石市長のパワハラ発言が、物議をかもしている。町田総合高校の体罰問題も、ワイドショーで連日議論を交わされもした。どちらの出来事も、「賛否両論」的な要素があったからこその盛り上がりなのだろう。 発言力がある人が、こう断言してくれると、個人的にはとても心強い。 もっと言えば「加害者」に限らず、「被害者」に関しても同じことが言えるのではとないだろうか、と私は思っている。 被害者に非があれば、時に「加害者」は同情され、「被害者」は非難される。 「優秀ではない人間」が「優秀な人間」から何らかの利益を得ていた場合。 被害者が「特別能力に劣っている人間」(主観的にも客観的にも)の場合。 パワハラやセクハラはなかったことにされる。指導であり、教育であり、躾であるとされる。 おまけに、被害者自身も、被害を自覚できなくなってしまうという、大きなデメリットもある。 事件そのものを、一面ではなくて多方面から見るこ

    パワハラ・セクハラの、背景を重要視する、ということ。 - 日々、思うこと、考えること。
  • スポーツと指導、育児と躾 - 日々、思うこと、考えること。

    連日スポーツ界のパワハラ問題が世間をにぎわせている。 今度の舞台は、女子体操だ。 現役のオリンピック選手候補に対する、専任コーチからの暴力がそもそもの発端である。けれども話は二転三転し、日体操協会のトップから女子体操選手へのパワハラが注目を浴びている。 「暴力」に関して言えば、女子体操選手から 「暴力は確かにあったが、指導でありパワハラとは認識していない」 という異例の声明文までも発表され、実際に会見もされており、事態は混迷を極めている。 各テレビ局、各時間帯のワイドショー番組もこぞってこの話題を取り上げており、コメンテータや有識者がそれぞれの見解を盛んに交し合っている。 この一連の騒動はまだまだ続きそうだが、私は少し気になっていることがある。 それは、コーチによる選手への暴力についてである。 選手が、オリンピック候補という、非常に有望な選手であること 選手とコーチの間には深くて強い絆が

    スポーツと指導、育児と躾 - 日々、思うこと、考えること。
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