この世にも倒したら全て解決する巨悪があればいいのに
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沖縄県では、2008年にレジ袋を有料化した。一つの都道府県で一斉にやろう、という場合、県境で有料と無料が分かれて客が取られる、と言う問題があるが、陸で県境がない県だからスムーズだったんだろう。 対象は主要なスーパー・ドラッグストアで、小規模なスーパーや個人商店やコンビニや服屋やディスカウントストアは対象外だった。 自分は、このときに有料化を体験した。そのとき何が起こったかを、覚えている限りで書く。 みんな素直にレジ袋を持参する「実際、始まっても3円ぽっちだったら、毎回買うんじゃないの?」とか思っていたが、レジに並んだみんなが律儀にマイバックを持ってきた。 https://www.pref.okinawa.jp/site/kankyo/seibi/ippan/documents/r2_rejibukuro_jitai.pdf ここの資料によると、マイバッグ持参率が2割から8割になってる。そし
どうすればいいだろう。 今でこそダウンロードが当たり前の世の中になっているけれど、わずか10年前までは、CDでしか手に入らない音源が大半だった。 今の時代は、音源をダウンロードする、あるいはYoutubeで公式の動画を視る、などの方法により、意識的か否かを問わず、対象 のアーティストへ何がしかの収益がもたらされる。音源がCDしかなく、デジタル化されていないアーティストには無縁の話だ。 言いたいのはお金の話ではない。 あなたの音楽を大切に思っている人がいる、あなたの音楽を聴いて心を動かされている人がいる、あなたの音楽が、退屈な生活に 潤いを与えてくれている。 そんな思いが間接的にアーティストに届かないものかと思う。スマートフォンやタブレットなどで、音楽が再生されることで、 少なくともあなたの音楽を聴いている人がいるということが、伝わらないものかと思う。 もう四半世紀近くも前になる。 街の商業
ドカベン 巨人の星 アストロ球団 逆境ナイン 侍ジャイアンツ タッチ H2 クロスゲーム メジャー ミスターフルスイング ルーキーズ おおきく振りかぶって あんま知らなかった、他にある? 【追記】 みんな物知りだな キャプテン、ナイン、MIX、ドラベース、ダイヤのA、大正野球娘知ってはいたけど、頭をよぎらなかった。見逃しです。 その他知らなかった。ストライクゾーンが狭い人間なんで。 なんでこんな適当な質問がこれほど伸びてんのたぶん、抑えるべきところはいちおうちゃんと抑えた、それでいて詳しい人間には我慢ならない絶妙に憎たらしいリストって伸びやすいんじゃないかな。 あと無知を自覚してる態度?(自分で分析するとあほらしいな)
本来なら蔑称のはずの「アベノマスク」が順調に一般名称化してきて面白い。 何せニュースでも普通に使われるし、ちょっと前に話題になった小学校のプリントでも、さも当然のように一般的な単語として出てきてるからね。 蔑称がそのまま悪気もなく普通に使われる単語に変貌するって意外とないぞ。 パッと思いつくのは「ガラケー」くらいか。キャリアやメーカー側は「フィーチャーフォン」なる単語を作って懸命に対抗していたけども、「ガラケー」の響きの良さに太刀打ちできず、ワイモバがCMで使いだした頃には完全に一般的な名称と化してたな。そろそろガラケーは元々日本製の無駄な機能満載ケータイをバカにするための単語であることを知らない人も出てきてるんじゃないのか。 堀江貴文氏を「ホリエモン」と呼ぶのも、本当に初期の頃には小バカにするニュアンスがあった気もする。まあ早い段階で一般的な名称に変貌してしまったけども。 ちょっと考えて
https://anond.hatelabo.jp/20200519162131 上の増田のブコメで「学校に通わないと勉強できない奴はプログラマーに向いてない」とか強い言葉の意見が目立つけど、こういうやつらはもちろんCS系の大学にも行かず、プログラミングの相談ができる友人もいない状況で、1つのノートPCとK&R本を片手にのし上がってきた天才たちなので、凡百の俺らは真に受けてはならない。 「プログラマーになるのにスクールはいらない。独学で十分」が成り立つ条件は、「小学生の夏休みくらい無限に時間がある場合」や「大学生特有のハイパーモラトリアム期間」に限る。バグに遭遇したら朝から晩まで試行錯誤しても何も言われないとか、環境破壊しちゃったら何もかもめんどくせーからOSごととっかえたりできるとか、そういう無限時間とご飯はお母さんが作ってくれる(もしくは一人で適当にすませることのできる)環境じゃないと
「プログラミングスクールってどう思いますか」への、個人的な回答メモ。 LINEのウェブ制作系のオープンチャットで、 「おすすめのプログラミングスクールはありますか?」 「エンジニアに転職したいです。何からやればいいですか?」 「おすすめの勉強方法を教えてください」 など、プログラミング未経験の方によるこの質問から始まって、独学の方法についての意見交換が始まる展開を何度か見ている 初心者なのに数十万かけてスクールに通おうとしている人が多かったのが意外だったので、個人的な考えを長文でまとめたものである。 「リモート研修中にクビになった法政大の〜」という記事を見て、既視感があったので増田に貼る。 昨今のコロナ以前に書いたので、コミュニティの利用方法は若干今の現実と即してないと思う。 この文章は、ある程度の本音と持論を語るために、あえて冗長な長い文章の形式をとっている。 なぜならば世間一般の「エン
ナイナイの岡村が、深夜ラジオで風俗について語って炎上してるけども、 「コロナ後に美女が風俗に入店する。だから今は自粛しよう」 これ自体はレトリックだよね。いま大事なことは、みんなで外出を控えること。 風俗が好きなリスナーを自粛させるのに、これほど効果的な言い回しがあるだろうか? 嬢のレベルが上がるという見立て自体も、合っていると思う。 就職氷河期、リーマンショックなど、不景気が訪れるたびにAV女優の顔面偏差値は上がってきたわけで。 問題は、みんながうっすらと感じていたことをラジオのネタにしてしまい、あまつさえそれがネット記事に書き起こされ、お茶の間に届いてしまったことだろう。 こういうタテマエじゃないホンネの話って、文脈が共有されていない場所に引っ張り出されると炎上するよね。 バカッターみたいな構図だけど、でもラジオってリスナーが楽しめればそれでいいんじゃない?とも思う。 そもそも風俗以外
そんな俺が当時なんでネトウヨになったのか自分なりに振り返ってみようと思う。 きっかけは高校2年生の時に出会ったゴーマニズム宣言。 普段、夕食後にナイター中継見ながら「吉本隆明がどうたら」「西部邁がどうたら」そんなことばかり雑談してる父親と兄が、「ゴーマニズム宣言はあれヤベえよ……」と苦笑いしているのが耳に入ってその存在を知った。 なぜか興味を抱いた俺はそれがどんな本なのか訊いてみたら、二人ともしまったとでも言いたげな顔で言葉を濁し、「いや、お前が読んだら絶対に訳も分からずハマるから教えたくない」と逃げられた。 そんなふうに言われたらむしろ興味が強くなる。 早速、学校の帰りに大型書店に立ち寄った。残念ながらゴーマニズム宣言は置いてなくて(記憶が確かならとっくに絶版になってたからだったと思う)、仕方なく「戦争論」のほうを購入した。 家族の予言通り俺はドハマりしてしまった。 一応、書いておくと俺
まるでコロナは終わったかのごとく、これまで抑えていたものを吐き出しに、街に人が溢れるだろう。 そこからほどなくオーバーシュートして、ゲームオーバー。ただでさえ疲弊した医療現場死亡、公園に死体安置所ができるだろうね。
・チーズ 安いやつでいいので冷蔵庫にストックしておく。チーズのもたらす幸福感は半端ない。チーズを発明した奴は崇められるべきだろう。 ・業務スーパーで売ってる冷凍ライチ 値段は忘れてしまったが、たくさん入ってそんなに高くない。果物はどれもこれも生活の質を向上させるが、ライチは別格だ。楊貴妃が好んで食べたというエピソードが好きな権威主義者にも、ただ単に美味いものが食べたいという冒険者にも、お金がなくて死にそうという貧乏人にも、日本オワタと嘆く悲観論者にも、ライチは平等に微笑む。 ・明太子 明太子のおかげで、日本に生まれてよかった!と心から思っている。値段はちょっと張るかもしれないけれど、こんな美味いものが普通にスーパーに陳列されている奇跡。業務スーパーの冷凍のやつでも良き。私は白米という食べ物があまり好きではないが、明太子があればご飯何杯でも食べれる。 ・コカ・コーラ社から出てるレモンサワー檸
俺は犬と猫が好きだ。嫁も猫と犬が好きだ。だからずっと犬を飼いたかったのだが住宅事情と仕事の関係でずっと飼えなくて、去年の暮に満を持してペット可能の借家を借りることにした。 家は多少ボロいのだがペットOKの条件で探したのでそこは文句なく、中村珠緒似の大家さんに犬を飼っていいか尋ねると「もちろんいいですよぉどぼぼぼぼ」と中村珠緒みたいに笑って許可してくれた。 果たして犬を(願わくば猫も)飼うべく俺たちがまず認識を共有したのは「保護犬(猫)にしよう」ということだった。ここでは生体販売がどうのとか言うつもりはない。ただ、可哀想な子を可愛がろうと思ったのだ。 いくつかの里親募集イベントをネットで調べて二人で出かけてみたが、なんか色々と条件を付けられ「それ必要なのか?」って思うようなものまであって、いくつかのイベントを見送ってはめげずに別の里親イベントの予定を作っていた。 その犬に俺たちが出会ったのは
ここ5年くらいまったくない。 『風をあつめて』や『LOVEずっきゅん』をラジオで始めてきいたときや、ニコニコで電波ソングを知ったときの衝撃が最近ない。近くでは5年ほど前の『インドア系ならトラックメイカー』で音楽とのであいが終わっている。
私は広告業界で10年ほど広告制作の仕事をしていた。最初は総合代理店で、最後の半年はWEB広告代理店で。 そして昨年末をもって退職に至ったので、退職エントリではないが、なんとなくWEB広告の実情について 広告業界の人たちにも話したかったので文章にまとめることにした。 私は広告業を一つの「文化」だと思っている。 そう考えるのは広告業従事者の奢りだ、と言われがちだが 私はそれは、奢りではなく、むしろ戒めだと考えている。 なぜなら広告会社は、そういった矜持を自戒の念を込めて持っていないと、 簡単にゴミを製造する工場へと成り下がってしまうからである。 私は新卒でとある広告代理店に入社し、そこから10年ほど制作を担当することになった。 最大手というわけではないが、時々全国規模のTVCM制作も手がける、そこそこの代理店である。 そこは、今となっては「働き方改革」の標語ひとつで一蹴されてしまうような、徹夜
意識の高い人々がブログ等で書く「生存戦略」はだいたい、いかにして金を稼ぐかの話をしている。俺のような意識の低いフリーランスにとっての「生存戦略」は文字通り、下手をすると死んでしまうかもしれない罠だらけの生活において、なんとか死なずに生き延びようという話である。厳密にいえば俺は個人事業主でなく一人会社だが、どちらにしても一人きりなのは同じだ。マイクロ法人とか色々と呼び方はあるらしいが何でも良い。意識の低い孤独な人間がどうやって仕事を得て、どうやって心をすり減らさずに仕事と向き合うか。そんな話を書きたいと思っている。 俺は一人きりの株式会社でWebエンジニアをやっている。他の業種にも当てはまるのか、あるいは全く普遍性が無いのかは分からない。 電話電話には出なくていい。気付かなかったことにして、あとでチャットワークかSlackで「先ほどはすみません」と言えばいい。そのまま文字でコミュニケーション
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