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文化人類学に関するmisui-shiのブックマーク (12)

  • 亡くなった戦友たちの葬儀セレモニーにて伝統舞踊「ハカダンス」を踊るニュージーランド国防軍 : カラパイア

    ニュージーランドでは、ハカダンスと呼ばれる伝統の舞踊がある。英語ではウォークライと呼ばれている。もともとは、マオリ族の民族舞踊で、マオリ族の戦士が戦いの前に、手を叩き足を踏み鳴らし自らの力を誇示し、相手を威嚇する舞であった。 現在では相手に対し尊敬や感謝の意を表する舞として、結婚式、卒業式、開会式、歓迎式典などで踊られるとともに、死者の御霊を供養し哀悼の意を表す形として葬儀でハカを舞うこともある。

    亡くなった戦友たちの葬儀セレモニーにて伝統舞踊「ハカダンス」を踊るニュージーランド国防軍 : カラパイア
  • ラグビーワールドカップ2011 オールブラックス全試合ハカ【修正版】

    ラグビーワールドカップ2011ニュージーランド大会で優勝したニュージーランド代表(オールブラックス)が試合前に行うハカを全部集めました※なお最初のトンガ戦だけはトンガのシピタウも入ってます関連動画 sm14043660

    ラグビーワールドカップ2011 オールブラックス全試合ハカ【修正版】
  • http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0141.html

  • 現代伝説考--恐怖と願望のフォークロア---

    これは、1994年10月から3ヶ月間にわたってNIFTY SERVE「現代思想フォーラム(FSHISO)」に設けられた、「現代伝説研究会議室」での投稿発言を素材としたものです。その投稿ログから噂話を抜粋整理し、筆者の観点から論考を加え独立した作品といたしました。 備考 ・投稿からの引用文は字下げインデントしてあります。 ・『 』内は投稿番号と筆者が付けた仮見出です。 ・《 》の部分が投稿文からの引用です。 ・引用文の投稿者は巻末にNIFTYハンドル名を一覧記載します。 [一覧] ⇒ 第1章.異空間伝説 かつての伝統的な村落共同体は、それ自体がひとつの閉鎖空間であった。外部との交流がすくなく自足的で閉じた社会をなしていた。そのような閉じられた空間で、独自の民話が語り継がれてきたのである。 しかし現代の都市文明ではそのような地域的閉鎖性はほとんど解体され、共同体の構成員のあいだで共有されていた

  • 小松和彦さん かしこい生き方のススメ - COMZINE by nttコムウェア

    子供の時は、せいぜい家を中心としながら、学校や自分が遊んでいる空間までが限界で、その空間の中のどこに誰が住んでいるのかを知っている程度です。その限界を超えて、学区が違う、あるいは橋や川があるなどというと、その「向こう側」をまったく知らない。行き慣れた商店街でも、線路の向こう側は、まったく別の世界に思えたりする。そうやってどこかに自分の世界の限界があって、能的にも文化的にも、私達はその限界の向こう側に「怖さ」を感じるのです。そして、その境界を示す意味で「あそこにはお化けが出る」とか、親が「怖い鬼が居るんだよ」と言うんです。家や店が立ち並ぶ、普段から慣れ親しんだ道でも、一歩、路地を入ったら知らない場所だというのも意外に多いでしょう。つまりそこが境界なんです。私達は、知らないうちに境界をいろいろな所に作っているんです。

  • カオスの解放――『風の谷のナウシカ』の構造――|永野潤

    サービス終了のお知らせ いつもYahoo! JAPANのサービスをご利用いただき誠にありがとうございます。 お客様がアクセスされたサービスは日までにサービスを終了いたしました。 今後ともYahoo! JAPANのサービスをご愛顧くださいますよう、よろしくお願いいたします。

  • 夜刀神 - Wikipedia

    夜刀神(やつのかみ、やとのかみ)は、『常陸国風土記』に登場する日の神(蛇神)である。 概要[編集] 『常陸風土記』の行方郡段に見え、行方郡の郡家の周辺の原野に群棲する蛇体で頭に角を生やした神で、その姿を見た者は一族もろとも滅んでしまうと伝えられていた。継体天皇の時代に箭括氏(やはずのうじ)の麻多智(またち)が郡家の西の谷の葦原を新田として開墾するに際し、妨害する夜刀神を打殺したりして山へ駆逐し、人の地(田)と神の地(山)を明確に区分するためにその境界である堀に「標の梲(しるしのつえ)」を立て、以後祟りのないように社を創建して神として崇めることを誓い、自ら神の祝として仕えるようになったといい、麻多智の子孫(箭括氏)によって『風土記』編纂の時代まで代々祀ってきたという。 また、孝徳天皇の時代に行方郡を建郡した壬生連(みぶのむらじ)麿(まろ)が、夜刀神の棲む谷の池に堤を築こうとすると、池の辺の

  • 文化英雄 - Wikipedia

    この記事は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。出典を追加して記事の信頼性向上にご協力ください。(このテンプレートの使い方) 出典検索?: "文化英雄" – ニュース · 書籍 · スカラー · CiNii · J-STAGE · NDL · dlib.jp · ジャパンサーチ · TWL(2023年9月) ギリシア神話のプロメーテウス 文化英雄(ぶんかえいゆう、culture hero)とは、火や作物の栽培法などの有意義な発明や発見をもたらし、人間世界の文化に寄与したとされる伝説的人物やある種の動物のことをいう。 概要[編集] 文化英雄は民族、部族の始祖やトーテムとして位置づけられることも多い。また文化英雄は至高神や創造神と異なり、既存の世界の上で特定の文化要素の創造を行う存在である。文化英雄の中には、いたずらを行う異界の存在であるトリックスターである例も見られる。

    文化英雄 - Wikipedia
  • 山口昌男『文化と両義性』梗概

    山口昌男『文化と両義性』のまとめ (文頭のNo.は便宜的につけたものである。文末の括弧内の数字はページを表わす) No. 1 文化構造のあらゆる片隅に,人がこうした暗闇(混沌)と遭遇することができる 仕掛け(境界)が隠されている。その仕掛けは空間的には「人の足の余り赴かな い場所」時間的には「歴史が始まる直前」。(1~2) 2 混沌=反秩序=反分類=反日常生活→日常生活の側(秩序)から見た否定概念 (3) 3 混沌と秩序の境界を明確に劃する役割=異人?(4) 4 「負」の価値の「正」の価値への転換のための仲介者=(宇宙論敵にいえば) 「秩序」を確かめるために,「混沌」を喚起する役割。(4) 5 人間の世界に境を接した地点(に鎮座し,災いをなす)→混沌のイメージを帯び た存在。(5) 6 「打ち勝ち難い力」は,「秩序」に対する「反秩序」=「混沌」。(6) 7 文化は様々の形で,周縁を生産・再

  • ポトラッチ - Wikipedia

    カラム族の酋長チェツェモカにより米国ワシントン州ポートタウンゼンドで催されたポトラッチ。酋長のの一人がポトラッチを分配している。 クヮクヮカワク族のポトラッチ。 クヮクヮカワク族のマンゴ・マーティン酋長が1953年に建てたポトラッチ用ロングハウス。ブリティッシュコロンビア州ヴィクトリア。富裕層は大勢の客人を収容できるこのようなポトラッチ専用家屋を持っていた。 ポトラッチ(英語:potlatch)[1][2][3] は、ハイダ族、ニューホーク族(Nuxalk)、トリンギット族、ツィムシャン族(Tsimshian)[4]、ヌートカ族[5]、クヮクヮカワク族[3]、沿岸セイリッシュ族(Coast Salish)[6]を含む、アメリカ合衆国およびカナダ・ブリティッシュコロンビア州の太平洋岸北西部海岸に沿って居住する先住民族によって行われる祭りの儀式である。儀式に先立っては、巨大な丸太を彫刻したト

    ポトラッチ - Wikipedia
  • ブロニスワフ・マリノフスキ - Wikipedia

    ブロニスワフ・カスペル・マリノフスキ(ポーランド語: Bronisław Kasper Malinowski、1884年4月7日 - 1942年5月16日)は、ポーランド出身のイギリスの人類学者。 日語では「ブロニスロゥ・カスパル・マリノウスキー[1]」、「ブロニスロウ・キャスパー・マリノフスキー」と表記されることもあるが、「ブロニスワフ・カスペル・マリノフスキ」のほうがよりポーランド語の原音に近い表記である。 生涯[編集] オーストリア=ハンガリー帝国領だったクラクフ大公国の首都クラクフ(現在のポーランド)に生まれる[2]。父は貴族でありスラヴ語の教授だったが、ブロニスワフが幼い頃に死亡し、母との2人暮らしをおくる。ヤギェウォ大学で数学と物理学を専攻し、1908年に学位を取得した。その後ライプツィヒ大学で2年ほど学び、そこでヴィルヘルム・ヴントの民族心理学に影響を受ける。関心領域を人類

    ブロニスワフ・マリノフスキ - Wikipedia
  • クラ (交易) - Wikipedia

    クラ交易用首飾り『ソウラヴァ』(パプア・ニューギニア、トロブリアンド諸島) クラ交易用首飾り クラ(Kula)は、パプア・ニューギニアのマッシム地方(英語版)で行われる交易である。トロブリアンド諸島、ルイジアード諸島、ウッドラーク島(英語版)、ダントルカストー諸島などの民族によって行われ、クラ交易とも表記される。クラの交易圏は円環状のネットワークであるため、クラ・リングとも呼ばれる[1]。 前史[編集] 先史時代には、パプアニューギニア島とトロブリアンド諸島を直線で結ぶ交易ルートがあったとされる。500年前には、パプアニューギニアからの土器がトロブリアンドにもたらされており、パプアニューギニアのコリンウッド湾とトロブリアンドの黒曜石は、ともにファーガソン島(英語版)で産出されたものだった[2]。 規則[編集] 参加者 言語や文化が異なる部族にまたがって広範に行われ、部族ごとに複数の男性が

    クラ (交易) - Wikipedia
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