昭和初期のモダンガールといえば、小説家菊池寛の個人秘書を務め、大宅壮一に「ステッキガール」(男性が連れ歩く若い女性の意)と揶揄(やゆ)された佐藤碧子らが、その典型だろう。「モダン日本」編集長馬(マ)海松(ヘソン)の恋人でもあった佐藤は、1930年代の初め頃、断髪、洋装、ストッキングにハイヒールでさっそうと銀座を歩き、雑誌のグラビアを飾った。そしてモダンガールと呼ばれる若い女性たちは、ほどなく、
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