五十嵐氏逝く 貫き通した平和の理念(5月8日) 内閣官房長官や旭川市長を務めた五十嵐広三元衆院議員が死去した。 政治家として自らが歩むべき道を明確に意識している人だった。 33年に及ぶ政治家人生で一貫して追い求めた目標は、市民や地方、置き去りにされがちな少数者の視点を政治に反映させることである。 柔和な面持ちと温厚な人柄の裏に隠されていた強い信念で、課題の実現に取り組んだ。 旧社会党では本流とされた労働組合出身ではなかったが、独自の存在感をもち、党内で評価された。 市民の意見を丁寧にくみ取りつつ、利害関係者との調整を粘り強く図って政策を進めるという手法が、党内外からの厚い信望につながったからにほかならない。 旭川市長時代には、少数与党の中で、当時としては全国初の恒久的歩行者天国・平和通買物公園を開設した。旭川医大誘致や旭山動物園開設にも市民の熱意を背に取り組んだ。 市民参加という地方自治の