ブックマーク / fujipon.hatenablog.com (15)

  • 僕がいちばん苦手な「サービス」の話 - いつか電池がきれるまで

    昨夜、床屋に行った。 安いのと早く終わるのと夜までやっているのが売りの(その一方で「丁寧さ」は期待すべきではない)床屋をよく利用しているのだけれども、隣の席から、床屋のおばちゃんの大きな声が聞こえてきた。 「そう!○○に住んどるですか! うちからも近いですね! お仕事は何ばしおっとですか?」 ああ、あっちの人に当たらなくてよかった…… そもそも、ここは「そんな床屋」じゃないはずなのに。 ほんと、僕は床屋というやつが苦手なんですよ。 (こちらのエントリ参照) こういう「クイック系の床屋」を利用しているのも、とにかく、「あれこれ詮索されたり、世間話をするのが苦手」という理由が大きいのです。 こういうおばちゃんって、「おしゃべりするのがサービス」だと思いこんでいるから、困ってしまう。 とはいえ、「黙っていてください」とか言ってきまずい空気になるのもイヤだし。 結局、話を合わせて愛想笑いとかして、

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    miyashiki
    miyashiki 2014/01/08
  • 「舌打ちくらい、いいんじゃない?」 - いつか電池がきれるまで

    参考リンク(1):子供が車内で騒いでいたら 舌打ちぐらいはしてもいい? - Togetterまとめ 「歴史は繰り返すものだよなあ」などと思いながら、これを読んでいました。 1年ちょっと前には、こんな「炎上騒動」があったんですよね。 参考リンク(2):さかもと未明女史、飛行機中で赤ちゃんに泣かれて逮捕寸前のクレームを起こす(やまもといちろうBLOG) ちなみに、そのさらに2年前には、こんな騒動もあって。 参考リンク(3):「子供がうるさいので電車降りてくれませんか」(琥珀色の戯言) 僕自身の現時点での考えは「一般化するのは困難かもしれないが、睡眠薬の使用もひとつの選択肢として、議論しても良いのではないか」というものです。 もちろん、リスクが無いわけではありませんが、それを言うなら、酔い止めの薬とかにだって、それなりのリスクはあるわけですし。 こんな世の中だと、もしかしたら、薬を使うことを避け

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    miyashiki 2014/01/06
  • バカにされているのは、「グリーン車」のtweetではなくて、僕やあなたの「良心」なのです。 - いつか電池がきれるまで

    参考リンク:超混雑だった東海道新幹線の乗客が「立っているお年寄りをグリーン車に乗せるべきだ」とツイート→炎上 - NAVER まとめ ちょいと新幹線の車掌さんよ!大幅に遅れて運行している中、席がたくさん空いているのにグリーン車の切符がないとグリーン車に乗れないなんて全っっっ然やさしくなーい。立ってる子連れやお年寄りよりがいるからお願いお願いって言ってもダメだった。あたいの説得力の無さったら……チーン— 有田由希/Yuki Arita (@aritayuki) 2014, 1月 3 車掌さんたちもきょうはきっとお客さんに怒鳴られたり文句言われたり業務に追われたりといろいろ大変だとは思うけど立ってる人への配慮プリーズ。こんなときの規則なんてグシャグシャしてポインじゃ— 有田由希/Yuki Arita (@aritayuki) 2014, 1月 3 これで「炎上」しちゃうのか……と愕然としてしま

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    miyashiki 2014/01/04
  • 人生は、必ず「やりかけ」で終わってしまうものだから。 - いつか電池がきれるまで

    人生というのは、誰にとっても、いつ、どんなタイミングで終わったとしても「やりかけ」になってしまうものだ。 最近、一冊ののことを、よく思いだす。 僕は、一度も読んだことがない。 というか、あれこれ思いだしてしまうのが怖くて、読むことができない。 もう、20年近く前の話だ。 当時、僕の母親は重い病で入院していた。 治る可能性が限りなく低く、病勢はどんどん進行していった。 家族の一員としての立場と、医療の世界にいる人間としての客観的な状況認識のあいだで、なんだかとてもいたたまれない日々を過ごしていたような気がする。 忘れてしまったのか、忘れてしまいたいのか、詳細は、もうあまり覚えていないのだけれども。 病床で、母親は僕に、ひとつの頼みごとをしてきた。 「このあいだ、テレビで紹介されていたを読みたい。『いしのなんとか』というような題名だったと思うのだけれども……それが面白そうだったから」 母は

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    miyashiki 2013/12/30
  • ブログで、人生が(たぶん)変わった話 - いつか電池がきれるまで

    ブログを書き始めて、人生変わったこと。 僕は、生きていて感じる「ちょっとした疑問」を書くのが好きです。 それで、書いているうちに「平凡な人生の、ちょっとした起伏を見つけるのが楽しくなってきた」すなわち、「平凡な人生が、けっこう面白くなってきた」「退屈を感じることが少なくなった」ような気がします。 たとえば、こんな話を書きました。 「すき家」と「吉野家」の生卵の話 - いつか電池がきれるまで まあ、こういうのって、どうでも良い話、だと思うんですよ、大部分の人にとっては。 僕自身にとっても、「人生を左右するような話」じゃありません。 でも、ブログを書き続けている人間、とくに、僕みたいに「日頃の出来事を拾う」ような文章を書いている人間にとっては、こういう「日常生活のちょっとした気付きとかヒラメキ」で、すごく嬉しくなるのです。 大概において「日常」というのは、パターン化されていて、面白くないもので

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    miyashiki 2013/12/20
  • 「お箸は何本、お付けしましょうか?」 - いつか電池がきれるまで

    「お箸は何、お付けしましょうか?」 先日、コンビニで買い物をしたあと、若い女性の店員さんにこう尋ねられて、一瞬迷った。 数で迷ったわけではなくて、「箸の数え方について」。 僕は、箸の数え方が「一膳、二膳」であることを知っている。 しかし、この店員さんに対して、これみよがしに「二膳お願いします」というのも、なんだかちょっと嫌味だなあ、とか思って。 我が家ではが息子に、「お箸は『膳』で数えるんだよ」と、口を酸っぱくして教えている。 こういうのは、子供の頃にしっかり教えておいたほうが良いから、と。 まあ、その店員さんに「箸は『』じゃなくて、『膳』ですよ」なんて物知り顔で言うのは論外だとしても、間違っているとわかっていることに「おつきあい」してしまっても良いのだろうか? さりげなく「二膳お願いします」と返すべきだろうか。 ここは黙って、指を二立てる、なんていうのもひとつのやり方ではあるの

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    miyashiki 2013/12/19
  • 「車を止めて」と言えますか? - いつか電池がきれるまで

    多分日のタクシーは世界一清潔で、運転手さんは世界一礼儀正しいのよ…ただし道がわかんないんだな。スマフォのナビさえ活用すれば完璧なのじゃが!— May_Roma めいろま 谷真由美 (@May_Roma) 2013年12月14日 日のタクシーの運転手さんは運転中に謎の祈りを始めたり、携帯で友達と喧嘩始めないのがいいよね。安全運転だぬw— May_Roma めいろま 谷真由美 (@May_Roma) 2013年12月14日 めいろまさんが、日のタクシーについて、こんなツイートをされていたのを読みました。 僕もこれまでの人生でけっこういろんなタクシーに乗ってきました。 楽しい話を聞かせてもらったり、親切にしてもらったりしたこともあります。 その一方で、けっこう怖い思いや、不快な思いをしたこともあって。 何年か前に乗ったタクシーでは、目的地を告げて「はい」と返事をされたので眠っていたら、

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    miyashiki 2013/12/14
  • それでも、ブログには「観客」が必要なのだと思う。 - いつか電池がきれるまで

    参考リンク(1):自分は観客だと思っている人たち(まつたけのブログ) 首の骨がガクガクいうくらい、頷きながら読みました。 ほんと、ネットというのは、相手がいることを想像せずに酷いことを言う人が多すぎる。 そういう罵詈雑言って、しかるべき組織が気で辿れば、誰が発信したか、簡単に突き止められるものなのに。 (参考リンク(2):【読書感想】突然、僕は殺人犯にされた (琥珀色の戯言)) そんなのでいろんなものを失うのは、お互いにとって何のプラスにもならないじゃないですか。 ただ、これを読みながら、僕はちょっと考えたんですよ。 これって、「ネットの双方向性が、失われていることの証拠」なのかなあ、って。 有名ブロガー、ちきりんさんは『「Chikirinの日記」の育て方』というのなかで、こう書いておられます。 ネット上で活動する人には誰でも、180度異なる二つの選択肢が与えられているのです。それは、

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    miyashiki 2013/12/03
  • 「ヘッドハンティングされた男」のこと - いつか電池がきれるまで

    あなたは、ある中堅企業に10年勤めていて、かなりの実績をあげていたとする。 その企業は、けっして待遇が良いわけではない。 残業は多いし、給料は同業他社と比較すると安い。 だが、基的に情には厚く、辞めると自分から言わないかぎりは、ほぼ終身雇用が約束されている。 社内での人間関係も、いささか馴れ合いになってしまっているが、温かく、家族的な雰囲気だ。 居心地は、悪くない。 そんなあなたに、ある日、業界最大手からのヘッドハンティングの話が舞い込んだ。 やる仕事の内容は同じなのに、給料は現在よりも大幅に上がるし、仕事への世間の認知度もアップする。たぶん、女の子にもモテる。 だが、その企業は内部での競争が激しく、プレッシャーもきつい。 仕事ができないとわかれば、すぐに見捨てられる。 代わりは、いくらでもやってくるのだ。 他所から来た人間なら、生え抜きよりも、なおさら切り捨てられやすい。 これまでの仲

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    miyashiki 2013/11/26
  • 「すき家」と「吉野家」の生卵の話 - いつか電池がきれるまで

    たぶん大部分の人にとってはどうでもいいことなのだろうけれども、個人的にはずっと気になっていたことについて書く。 なぜ、牛丼屋で卵を注文すると、殻付きの卵が供される場合と、殻を割った中身だけが供させる場合があるのだろうか? 牛丼チェーンでいえば、すき家は殻のままの状態で出てくるし、吉野家は中身だけだ。 しかし、考えてみると、なぜそこで「差別化」されているだろうか? 殻付きのメリットというのは、とりあえず「元がどんな卵だったかわかる」というのはある。表面のザラつきで、新鮮な卵かどうかわかる、というのもあるし、鶏卵であることも証明できる(まあ、コストパフォーマンスを考えると、鶏卵以外のものを使うことにメリットがあるとも思えないが)。 そして、「殻を割る楽しみ」というのも、なくはない。 すき家のメニューには「卵の黄身だけ入れるのを推奨」しているらしいメニュー(ねぎ玉牛丼とか)もあるので、そういう調

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    miyashiki 2013/11/24
  • 「サードブロガー」への「違和感」の正体について - いつか電池がきれるまで

    参考リンク:“サードブロガー”再考 - あざなえるなわのごとし いまさらながら、という話なのですが、僕なりにキチンと整理しておかないと気が済まなくなってしまったので、書き残しておくことにします。 ブログ論とかに興味がない人は、長くて何が書いてあるのかわからない記事だと思いますのでスルー推奨。 はてなブログを中心として盛り上がっていた「サードブロガー運動」に対して、僕は冷ややかに見ていました。 新しい人たちに出て来てほしいなあ、と思いつつも「サードブロガー」と名乗る人たちに共感できないのは、たぶん、彼らの多くが書いている内容が「ライフハック」とか「ブログ論」とか「身内への言及」とかで、「内容は全然新しくないのに、看板だけ換えているようにみえるから」なのだと思う。— FUJIPON (@fujipon2) 2013, 10月 25 当に内容が差別化できていれば、看板なんてどうでもいいし、周囲

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    miyashiki 2013/11/15
  • 大人はそれを我慢できない - いつか電池がきれるまで

    参考リンク:宿題-ときどき休みます 「でも、オレが宿題やったことはなくならないから」 と下の子はつまらなさそうに言った。 ああ、下の子さん、カッコいい…… うちの息子も、こういうスタンスで頑張ってくれるようになれば良いのだが…… などと考えつつ、僕は自分の子ども時代のことを思いだしていました。 そうすると、昔のことで、はっきりとは思いだせないところもあるのだけれど、僕もこの下の子さんに近い考え方をしていたような気がするんですよね。 いや、もっと低次元で、「自分が見せるのは構わないけれど、人に見せてもらうのは恥ずかしい」というような感じだったかな。 僕は子どもの頃、ずっと疑問でした。 なぜ大人は、あんなに長い間生きてきて、いろんなことがわかっているはずなのに、浮気したり、怠けたり、つまらないことでケンカしたりするのだろう?って。 なんで、我慢できないのだろう、大人のくせに、って。 でも、自分

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    miyashiki 2013/11/10
  • 「イオンモールは、画一化されていてイヤ」 - いつか電池がきれるまで

    先日、ひとりで東京に行く機会があって。 平日に1泊、自由になるのは、到着日の夕方からと、翌日の朝からお昼まで。 結局、美術館めぐりと、ずっと行きたかった、藤子・F・不二雄ミュージアムを巡ってきました。 それはそれで、すごく充実した時間を過ごせたのだけれど。 僕は生まれてから東京に住んだことが一度もありません。 というか、人口100万人以上の「都会」に長い間住んだこともないのです。 人口数十万人程度の地方都市に生まれ、同じような規模の町を何度が転居し、社会人になってからも、人口数万人~数十万人の地方都市を転々としています。 大学に入るときには、東京に憧れてもいたのだけれど、まあそれは、いろんな事情(というか、偏差値とか、僕の人ごみ嫌いとか)があって、実現しませんでした。 中高生くらいのときには、東京に憧れていました。 東京には、近所の書店には並んでいないような面白いがたくさん並んでいるはず

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    miyashiki 2013/11/07
  • 楽天・田中将大投手の「酷使」について - いつか電池がきれるまで

    参考リンク(1):勝てば良いってもんじゃない。「マーも則もわしが壊した」星野仙一 - kojitakenの日記 前置きとして話しておきますが、僕は広島カープファンで、巨人にも楽天に思い入れはありませんでした。ただ、率直なところ、「カープがCSファイナルで3タテをらった、圧倒的に強い巨人があっさり負けると、じゃあカープは何だったんだ?という気分になるので悲しい」というくらいの「巨人しっかりしろ感」がありましたが。ただ、もともとアンチ巨人でもあるので、今回のシリーズの結果そのものは「まあ、いろんな意味で良かったんじゃない」と思っております。 長いエントリは嫌われるのですが、どっちにしてもちょっと長くなりそうなので最初に結論めいたことを書いておきますが、今回の日シリーズについての僕の感想は、「とにかく巨人が打てなかったなあ」というのと「楽天のピッチャーで、星野監督に当に信頼されていたのは

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    miyashiki 2013/11/05
  • mixiの衰退の原因は、サービスの内容の問題というより、「寿命がきた」だけ - いつか電池がきれるまで

    「mixiはなぜ、衰退したのか?」が話題になっているようだけれども、比較的初期からmixiを使っている僕からすると、衰退したというより、適正化したというほうが的確なんじゃないかと思う。 『美味しんぼ』の「サラダ勝負」で、海原雄山が「人間は質的に生野菜が好きじゃない」というようなことを言っていたけれども、mixiの最盛期っていうのは、それこそ「生野菜嫌いの人でも、健康のためには生野菜をべなければならない」というような強迫観念に駆られ、みんなmixiに登録していたように思われるのだ。 これはfacebookでもそうなのだけれども、一部のヘビーユーザーがどんどん「見てほしい私」を投稿し、それに「イイネ!」とつけないと居心地が悪くなる、という雰囲気は、多くの「そんなに他人と繋がることが好きじゃなく、価値も見いだせない人」にとっては、「めんどくさい世界」でしかなかったはずだ。 「足あと機能」がな

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    miyashiki 2013/10/05
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