つい先頃まで咲いていた花が消え 今は オフホワイトの花びらのドクダミが 「小屋」の周りに群れている。 2本を手折り ガラスの瓶に挿す。 苦い香りが 空気に漂い 指に残る。 窓の向こうは強い雨で 緑が重く垂れて たまに 車のタイヤの音が過ぎ去って行く。 夏至が過ぎ 梅雨の季節が始まった。
![ドクダミの花 - ururundoの雑記帳](https://cdn-ak-scissors.b.st-hatena.com/image/square/0f762b10ca37ee403855824da907c9b09ad016ac/height=288;version=1;width=512/https%3A%2F%2Fcdn-ak.f.st-hatena.com%2Fimages%2Ffotolife%2FU%2FURURUNDO%2F20240623%2F20240623004119.jpg)
つい先頃まで咲いていた花が消え 今は オフホワイトの花びらのドクダミが 「小屋」の周りに群れている。 2本を手折り ガラスの瓶に挿す。 苦い香りが 空気に漂い 指に残る。 窓の向こうは強い雨で 緑が重く垂れて たまに 車のタイヤの音が過ぎ去って行く。 夏至が過ぎ 梅雨の季節が始まった。
黒すぐりの ジャム 葉っぱ 実 先日摘んだ黒すぐりの実を 白の琺瑯のミルクパンで 砂糖と水でコトコトと煮た。 濃い紫のとろりとしたジャムの出来上がり。 白の陶の蓋物に入れると 小さな宝物のような風情を感じる。 蓋物の上には小さな家。 黒すぐりはフランス語でカシス 英語名はブラックカラント(Black Currant)。 イギリスやヨーロッパのジャムでは 珍しくない物だ。 10年ほど前に 小さな苗木を買い 痩せた土に植えた。 成長が遅く 実の付きも悪かったが 今年は初めての豊作だ。 鳥は喜んで啄むかと思えば そうでもない。 山桑のまだ熟さない赤い実も。 今朝のトーストにたっぷりと載せた。 甘酸っぱく 少しハーブの様な香りがした。
黒すぐりの実 去年のいつだったか 黒すぐりの枝をチョキチョキと切った。 葉っぱも 花も 実も寂しいのが気になったから。 そのお陰か 今年は葉の色も美しく ふさふさと波打つような姿になった。 小さな花から 黒い実が沢山付いた。 久しぶりに 両手のひらにいっぱいの実をとった。 木の鉢に入れ テーブルの上に置き完熟を待とう。 そして 白い琺瑯のミルクパンで 砂糖を沢山加えて炊こう。 丁寧にアクを取り 煮詰めて照りが出たら火を止め 熱いうちに 白い陶の蓋物に入れ こんがりと焼き バターを塗ったパンの上に たっぷりと 黒すぐりのジャムを 載せているシーンを思い浮かべる。 窓から朝の光がさし テーブルの上のカップから ミルク紅茶の湯気が ふんわりと立ち上る。 そんな事も。
大事にしていた本を 少しずつメルカリに出している。 いらない本だから手放すのではない。 本棚に何十年も並んでいて シミや焼けが出てくるのを見て 誰か読んでくれないだろうか?と 思い始めたからだ。 メルカリに出品して 数年ぶりに購入してもらえた 「13本のパイプ」初版本。 1957年発刊 何と67年前の本だ。 著者はイリヤ・エレンブルグという ソ連の作家。 1891年 ウクライナ・キーウに生まれ 1967年 ロシア・モスクワで亡くなった。 経年劣化で 表紙に焼けやシミのできた 「13本のパイプ」。 パイプ収集家が語り手となり コレクションの 13本のパイプにまつわるエピソードを 次々と紹介していく話だ。 柔らかく 軽い紙の裁断の不揃いが クラフト感を醸し出し それがいい。 夫が約60年前に買った本は 「ソ連時代の本に興味がある」 という学生さんに買われた。 bookoffでは 絶対に買ってく
タイム 放っておけば どんどん草が伸びる6月。 その中に 小さな葉っぱ 鮮やかな緑のタイムの群れ。 20年ほど前に 知人の庭から一掴み引き抜いたのを ここに引っ越す時にも 忘れずに持ってきた。 土が合ったのか 空気がいいのか 葉の色艶もご覧の通り。 今を盛りと咲き誇る コアジサイの香りにも負けない。 一掴み切り取り 木の椀に納め テーブルの上に置くと 「小屋」の中に タイムの強い香りが満ちる。 何かを包もうと思ったわけではないが 去年2023年の 古い毎日新聞をなんとなく開いた。 詩人 伊藤比呂美氏の記事。 最近読んだ本の作者二人 幸田文氏 伊勢英子氏の 積極的 意欲的な行動力と文体に 少々疲れ気味だった私は 伊藤比呂美氏の ゆったりとした 語り口 内容に心が安らいだ。
大して期待もせずに 読み始めた本であるのに 最初から面白く 読み進んでいる。 「カザルスへの旅」伊勢英子著。 5月15日のブログ 『見えない蝶をさがして」「チェロの木」』の作者だ。 「日常のこまごまとした事に 押しつぶされそうになっていた私の感性。 一度自分の全ての束縛から放り出してみたかった」と 伊勢英子は カザルスの住んでいた スペインの小さな村プラドへ旅立った。 カザルスは フランコ独裁政権下で故国スペインを去り 一才の権力に背を向け 永遠の亡命者を決意した。 私が説明するまでもなく 余りにも偉大なチェリストだ。 3歳からチェロを弾いている 絵本作家の伊勢英子は なぜカザルスの地に行ったのか。 それは読み進めば 分かるだろう。 文章の上手さ 美しさ 生きる事への情熱。 日常の束縛から解き放たれたいと思い それをすぐに行動に起こす決断とバイタリティ。 旅をする伊勢英子の心の中は 彼女の
佐伯祐三 1924年 アルルの跳ね橋 友達が ゴッホの描いたアルルの跳ね橋に行ってきた と 話してくれた。 そのツアーの数人以外に 観光客はおらず 橋の近くに 「ゴッホの跳ね橋」の 案内板が立っていたと。 佐伯祐三と妻の米子は 1924年にアルルに行き 跳ね橋に出会い 心踊るように その橋を描いたと 米子のエッセイに書かれていたのを思い出した。 1978年 京都国立近代美術館 没後50年記念 佐伯祐三記念展があった。 私はそこで その展覧会の図録を買った。 経年劣化で表紙が色褪せた その図録を 久しぶりにページをめくると 鉛筆で描かれた アルルの跳ね橋が在った。 モノクロの写真だが そのスケッチは空は青く 草は淡い緑に塗られていたのだろう。
今日28日 豪雨と強風。 風で初夏の緑の木の枝が 大きく撓んで揺れた。 雨は 時には霰かと思うほどの音で ある時は 止んだのかなと思うほどの静かさで降った。 雨は 屋根から滴り落ち 下に置いた 大きなポリバケツに溜まる。 晴れが続いた日の 植物にやる水に使う。 今日も バケツに雨はすぐに溜まり 水の表面が 激しく揺れた。 咲き始めたジギタリスの花 葉っぱに 雨の雫がたっぷりと留まり 落ち続けた。 たっぷりと水を吸った 生き生きとした濃い緑。 川の水は黄土色に変わり早い流れで でも 心配をするほどではない。 29日は お天気になるとニュースで言った。 久しぶりの青空と キラキラ光る木漏れ日が 美しいはずだ。
NHKラジオで 絵本作家の伊勢英子さんの話を聴いた。 沢山の挿絵 絵本を出している人だそうだ。 私は知らなかった。 滑舌が良く 途切れる事なく話す人。 過干渉の母から 大学生になっても逃れられなかった伊勢さんは 大学生の時(卒業後かもしれない) ヨーロッパツアーのチラシを見て申し込む。 そして パリで帰国せず留まり 一年を過ごす。 今から50年ほど前の事だ。 ここで 私は親から自立した伊勢さんに興味を持った。 どんな絵本なんだろう。 すぐに図書館から借りた。 文も絵も 確かな力を感じさせ でも 子供には難解ではないかと思った。 沢山の絵本の中から 2冊を選んだ。 「見えない蝶をさがして」 「チェロの木」 チェロ製作の職人である父は 息子のクリスマスプレゼントにする チェロが間に合わなかった。 そして 誕生日に 作ったチェロをプレゼントする。 息子はずっとチェロを弾き続け 大人になって 演奏
藤の花 雨が降ったり止んだり 南風が吹いたり止んだり そんな日が昨日から続き なんとなく心が騒がしい。 でも そんな事には関係なく 緑は色を変え 木々に咲く花々は 移り変わる。 桜 山桜 梅 木蓮は遠に終わり 今は 薮椿の落ちた花が美しく あちらこちらに淡い薄紫の藤の花が咲き 濃い黄色の山吹の花は 今年は少ない。 「小屋」の前の崖に ガマズミの小さな花が満開で 紫色の花のアジュガが ドアの前に群れている。 ウマノアシガタの黄色の花は 細い茎の上で 風に揺れる。 何種類もの鳥の声が 山の中から聞こえるが 私が分かるのは ツツドリだけだ。 と、良い事ばかりを並べてみた。 自然の天候の厳しさは 想像していただこう。 台風の時は 雨雲レーダーを見て 避難するかどうかを決めている。 絵本「葉っぱのフレディー」は 林の木々達の葉っぱの一生を語っている。 それを読んだ後では 強風で裏返る葉っぱ 枝がしな
4日土曜日 京都シネマまで 映画を観に行った。 山から下り 京都まで映画館に行くのは 京都に住んでいた頃のように 買い物のついでに というわけにはいかない。 だから 一年に2〜3回ほどの映画鑑賞となる。 「悪は存在しない」 監督は濱口竜介。 なんの前知識もなく ミニシアターの 通路側後部シートに座る。 『長野県水挽町。代々そこで暮らす男と小学生の娘。 その暮らしは 水を汲み、薪を割るといった 自然に囲まれた慎ましいもの。 ある日 近くにグランピング場を作る 計画が持ち上がる。 それは環境や水源を汚しかねない ずさんな計画で・・・』 と チラシに書かれている。 筋書きだけだと 開発業者と地元民の対立だが 重奏音の音楽 自然の怖さを感じさせる映像 笑わない地元民達の表情が 何かあると観ている者に思わせる。 映画館から出て歩いている時や 電車の中 私は難解なラストの意味を考えた。 今でも ふと考
29日夕方から 雨が降り出した。 明日まで続くと天気予報で言っていた。 冬の木々の枝から やっと淡い緑の葉が萌出て 私の目と心を喜ばせているのに 明日から一気に 山の色が濃い緑へと移っていくだろう。 「小屋」の周りに植えた木や 自生の木も 日々 姿を変えている。 何をそんなに時を急ぐのか? 淡い緑と言えば 私は春キャベツのサラダを 飽きずに食べる。 綺麗な薄緑の春キャベツを千切りにし 塩 少しの砂糖 粗挽き胡椒 酢 オリーブオイルを振りかけ ボールの中で さっくりを和える。 簡単なサラダだが とても美味しい。 昼ご飯にチキン胸肉のカツを揚げた。 春キャベツのサラダ 湯がいたブロッコリーと人参のナムル じゃがいもと人参のマッシュ。 ミート皿に全部山盛りだ。
雪が降る日 強風の日 雨が強く降る日以外は スマホをズボンのポケットに入れ 散歩に出る。 3000歩から5000歩の間を歩くが どうしてもそうでなければ とは思わない。 時間にして 1時間まで。 これ以上は歩かない。 歩き始めると その日の微妙な体調の良し悪しを感じる。 最近気がついた事だ。 例えば ちょっと足がだるいとか そんな些細な事だが。 今日は 青空に小さな雲がぽっかり浮かんでいた。 私の好きな雲の一つ。 写真を撮らねば。 坂道を歩く。 棚田から 名前の知らない黒い鳥が4羽 大袈裟な声を上げて 飛び立つ。 幾種類もの鳥の鳴き声が 飛び交う。 杉の人工林の周り 田の脇を流れる山の水音 下の道を走る車の音。 どれもが 広い空間に吸い取られていく。 毎日同じ道を歩く。 自然は いつも大きな 又は小さな変化を見せる。 今日は 土の下から カエルが ゲロゲロゲロゲロと 低く重く鳴く声が 響く
郵便局の川向かい 郵便局に荷物を出しに行った。 午後3時過ぎの便に間に合うように。 車のフロントガラスが 霧雨に濡れる。 季節の中で 今が一番美しいのではないか 広葉樹の若葉の芽吹きが嬉しい。 山間のくねくね道の県道と国道を15分。 局長さんと二人の局員さんの郵便局。 送料の計算をしてもらう間 窓口近くにぶら下げてある 色々な切手を見る。 切手を100枚ほど買う時には 「これは国宝シリーズで これは動物シリーズです。 こっちにしましょうか?」と いつも聞かれる。 2ヶ月ほど前に予約していた 藤野千夜氏の 『「じい 散歩」(2)妻の反乱』が届いたと 図書館からメールが来 それを読了。 結局 藤野千夜氏の本を6冊読んだ。 和多田葉子の本を2冊を 今読んでいる。 初期の「ペルソナ/犬婿入り」 中期「ヒナギクのお茶の場合/海に落とした名前」。 私が想像していた「和多田葉子」と随分違うな と言うのが
小松菜の花 去年 どこからか飛んできた小松菜の種が 苺の苗(鹿に全部食べられたが)を植えてある鉢に 芽を出した。 そして 花を咲かし 私を喜ばした。 濃い緑の葉はお汁の彩りにし 根はそのままに。 すると 今年も花芽が出て 70センチほどの背丈にまで伸びた。 愛でるのは勿論 その生命力に驚いた。 大根の花の様な黄色の花。 アブラナ科の大根と小松菜は兄弟の様なもの。 細くて長い茎は 日々の強い風にも折れず フラフラしながら 元気でいる。 黄砂で煙った山々。 車のガラスもきな粉色の砂でまみれている。 大陸から飛んでくる黄色の砂に 地球のダイナミズムを感じる。
ヒメオドリコソウ 西洋タンポポ 車で20分ほど走ると 国道沿いに精米所がある。 10キロの玄米を精米するために 一走り 車を走らせ山を下った。 玄米をザーッと機械にあけ ¥100を硬貨口に入れ スタートボタンを押す。 大きな音を立て 機械が動く。 外に出て 光を浴びよう。 長閑な風景だ。 明るい日差し 煙る山並み 山に囲まれた 畑や田んぼ 堤に並ぶ まだ散らない桜の並木と山野草たち。 西洋たんぽぽと うちの集落では まだ姿を現さないヒメオドリコソウが 足元に群れる。 たんぽぽは食用に。 ハーブティ たんぽぽの酒 たんぽぽのコーヒー たんぽぽの葉のサラダ。 そして 薬にも! なんと魅力的な野草だろう。 本で読んだ事はあるが まだ試していない。 後少しで 「小屋」の周りにも ヒメオドリコソウが群れて咲くはずだ。 精米したての白米は ほんわかとした暖かさ。 「小屋」に持ち帰り 早速電気炊飯器に仕
プリムラ プリムラが咲いた。 夕方になるとネットをかけ 朝にはネットを外す。 これで 鹿に食べられるのを防いでいる。 10年ほど前に 集落の家の庭に咲いていたのを 数株貰って花壇もどきの場所に植えた。 それが 今や幾つもに増えて うちの春の顔になった。 この花が咲く前に 図書館のカウンター横に並んでいた プリムラが主人公の絵本を借りた。 「オーリキュラと庭のはなし」前田まゆみ著。 プリムラ・オーリキュラという花の「人生」を描く。 絵が清々しい。 夕方 暗くなる前の南西の空に 白く輝く三日月が浮かんだ。 そして 日中の暑さがスッと引き 私は 又冬装束になり 「小屋」の中 ストーブに薪をくべた。 真冬と変わらず ストーブの上には ステンレスのヤカンが3個 湯気をあげている。 www.amazon.co.jp
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