老いた男が独り、夜の闇の中で想像に耽る。そのこと自体が、何か特別であるわけではない。眠りにつく前のひとときに想像を巡らせることはありふれた行為だろう。だが、その男の想像している物語が、21世紀に入って内戦に突入した「もう一つのアメリカ」であるとすると、平凡に思えた風景はにわかに不穏な色合いを帯び始める。ポール・オースターの新作小説『闇の中の男』(原書は2008年刊行)は、ゆったりと過ぎる夜の時間と、想像のなかでめまぐるしく展開するアメリカ内戦という、緩急が奇妙に入り混じった語りによって開始される。 「アメリカ」という主題に対するオースターはどこか、密着はしないが、決定的に離れることもない、衛星のような位置を取る作家である。ニューヨークを現実から一歩遊離した記号世界のように描く初期の三部作から、アメリカ的な旅の変奏としての『ムーン・パレス』、1980年代から冷戦終結直後のアメリカの政治を色濃
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