近くて遠い。兵庫県の高校球児にとって、甲子園球場はこの言葉が当てはまる。甲子園が兵庫大会の会場になっていたのは、04年が最後。「聖地」と呼ばれる球場の過去、地方大会で使われた歴史を追った。 ◇ ◇ 14年前の夏が最後のケースだ。04年、第86回全国高校野球選手権の兵庫大会。甲子園で報徳学園-東播工、関西学院-多可の試合が行われた。兵庫大会の甲子園開催は4年ぶりだった。 兵庫大会でも使用された歴史は古い。甲子園は1924年(大13)8月1日に完成。十干十二支のそれぞれの最初の「甲(きのえ)」と「子(ね)」が60年に1度重なり合う年で「甲子園球場(当時は大運動場)」と名付けられた。同年の第10回全国中等学校優勝野球大会(全国高校野球選手権大会の前身)の舞台となる。兵庫大会でも使用されたのは翌25年の第11回大会から。この年は兵庫大会1回戦から決勝までの19試合全てが同球場で行われた。 そ
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