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東京モノレール(港区)のウェブサイトで3月31日より、走行するモノレール車両からの「車窓映像」が公開されている。 同サイトの「モノレールFUN」のページに「モノレールライブラリー」として追加されたマルチメディアコンテンツで、都心の浜松町駅から羽田空港を結ぶ同線のほぼ全線の沿線風景を動画で紹介するもの。モノレールからの東京湾岸の景色をインターネットで紹介し、実際のモノレール乗車を促進するのが狙い。撮影は3月に行った。 映像は同線の「モノレール浜松町駅」と「羽田空港第1ビル駅」間の上り線・下り線をそれぞれ4区間に分け、合計で8つのファイルを用意する。下り線(空港行き)の映像ではレインボーブリッジや羽田空港滑走路などが、上り線(浜松町行き)では多摩川・富士山・東京タワーなどの風景も確認できる。同社総務部の担当者は「大震災で被災された方々にモノレールからの景色を見ていただき元気を与えたい、とい
餃子・中華料理の全国チェーン店「大阪王将」の冷凍食品シリーズのラッピング電車が、2011年3月28日から3年間、大阪モノレールを駆け抜けます。 1編成(4両)の車体に「大阪王将」冷凍食品シリーズの商品と「大阪王将戦隊ギョーザレンジャー」がデザインされています。このラッピング電車は、昨年秋より関西地区で大阪王将の冷凍食品シリーズが販売開始されており、そのPR活動の一環です。 「大阪王将戦隊ギョーザレンジャー」とは、隊長の「タレレッド」をはじめとする5品(人)からなるギョーザでうまさと健康を届ける正義の味方戦隊! 画像に写る左から3両目の左側にある白丸、他の車両は冷凍食品だけど白丸が見えませんか?そう、この白丸の正体は持ち持ちした触感が自慢のギョーザレンジャー隊員04「カワホワイティ」です。電車を見かけたらレンジャー隊員を探してみるのも楽しそうですね。 「大阪王将の冷凍食品シリーズがラッピン
たま駅長が案内、JR和歌山駅にパネル 階段に設置されたパネル 沿線の見所を紹介しようと、和歌山電鐵(株)(小嶋光信社長)は31日、JR和歌山駅9番ホームの上がり口や階段に、沿線の観光スポットを紹介したたま駅長のイラスト入りのパネルを設置した。 地域公共交通活性化・再生総合事業の一環で、両備グループデザイン顧問でもある水戸岡鋭治さんが配置やデザインを監修。純白に塗り直されたホームの階段壁に観光案内マップ、たま駅長のイラストなど26枚のパネルを設置。また、白い地下通路にオレンジとグリーンの「たま駅長」の足跡を付けて、改札から貴志川線ホームまでを分かりやすく導いた。ツイッターで設置を知ったという岩出市の井森千津さん(30)は「観光スポットを説明してくれているので和歌山の名所が分かりやすくなった。県外の友達を案内してあげたい」と笑顔。同社は「沿線を楽しむのはもちろん、ホームへ入る前から貴志川線を楽
通学の足になっている真岡鉄道が1日、20日ぶりに全線開通する。地震後、不通になっていた真岡―下館(茨城県筑西市)間が再開にこぎつけた。通常本数の半分で、遮断機が動かない踏切には監視員を配置して対応する。 同鉄道は、地震の影響でレールがゆがみ、敷設されている砕石も崩れるなど損傷は47カ所に及び、全線が不通となった。利用者の約7割は生徒・児童。沿線の高校のなかには、同鉄道が不通となったために休校措置をとった学校もあった。 3月23日には茂木―真岡間が再開したが、真岡―下館間は、損傷とは別の問題があった。下館駅手前の踏切の遮断機が開いたままの状態で、同駅に乗り入れているJR水戸線の送電線が復旧しないと動かないという。そこで、踏切の両側に監視員を配置することにし、全線開通にこぎつけた。1日からの運行は、通学時間帯を中心にし、昼間は2時間ほど間隔があくという。 また、土日と祝日に運行していた蒸
あの日伝えられなかった感謝の気持ちを少しでもと筆をとりました―。3月11日の東日本大震災で、帰宅困難者を一時受け入れた県立七里ガ浜高校(鎌倉市七里ガ浜東)にこのほど、匿名の礼状が届いた。見知らぬ土地での突然の災害。手紙には、当時の不安な心境のみならず、ともに被災しながらも親切にしてくれた生徒や教員への「ありがとう」の気持ちがつづられていた。 手紙の送り主は、江ノ島電鉄に乗車中に被災。七里ケ浜駅で降車し、電鉄社員らの誘導で同校の体育館に避難した。電話はつながらず、土地勘もない場所での不安な一時避難。停電した体育館は、日が沈むにつれて寒さも増す。乗客らは非常食の乾パンを分け合いながら、同じく避難していた同校生徒約250人とともにストーブで暖を取った。 「一番印象に残っている」と振り返るのは、夜にトイレに行ったときのこと。他の乗客や女子生徒らとともに、白衣を着た教員の懐中電灯の光に導かれ校舎
日本の鉄道技術が近い将来、リニア中央新幹線で東京−名古屋を四十分台で結ぼうとしている。当初は電気機関車さえ自力で製造できなかったが、在来線での不断の努力が新幹線を生み、リニア誕生の原動力となった。明治以来、約百四十年の鉄道発展史を「高速化」をテーマにひもとくJR東海の博物館「リニア・鉄道館」が先月十四日、名古屋市港区にオープンした。東日本大震災の発生で記念式典を取りやめ、関係者、来場者が黙とうをささげる静かな滑り出しだった。 三年以上の歳月と約五十五億円をかけた大プロジェクト。初日は開館前、徹夜組を含め約四百人が行列をつくり、平日にもかかわらず入場者は約三千四百人を数えた。「痛ましい災害でバンザーイという気持ちにはなれないけど、粛々と開館しようと決めました。とにかく無事にこの日を迎えられて良かった」と感慨深げに語るのは、副館長天野満宏さん(53)。計画に一から携わってきた。 「夢と想(おも
地盤が崩れて、落ち込んだ線路を示す吉田千秋社長=ひたちなか市 レトロ列車が走るひたちなか市の第三セクター鉄道「ひたちなか海浜鉄道湊(みなと)線」が大震災で被災し、休業が続いている。富山県の三セク鉄道を立て直したアイデアマンを社長に迎え、赤字脱却の兆しが見え始めた矢先の試練。「このまま廃線にはできない」と関係者らが奮闘している。 湊線はひたちなか市の勝田―阿字ケ浦間の14.3キロを結ぶ。北海道の炭鉱で使用されていた1962(昭和37)年製のディーゼル車などレトロな車両が現役で走る。 3月11日の地震で、線路脇の池が決壊。盛り土が濁流で流され、約50メートルにわたって線路が釣り橋のように垂れ下がった。ほかにも線路が波打ったり、枕木がずれたりする被害があちこちで見つかった。 湊線は1913(大正2)年に開業。約40年前の最盛期には年間350万人の利用者がいた。が、07年度は70万人に低迷
東日本大震災の影響で車両保守部品の確保が難しくなったJR西日本(大阪市北区芝田)は4月2日より、一部路線において運転本数の削減、運転区間の短縮を始めた。 不足する車両保守部品はモーターに電気を流すために必要な「直流電動機ブラシ」で、在来線約4,700両のうち約半数にあたる約2,310両の旧タイプの車両に使われている。素材となるカーボンブロックを製造する日立化成工業の製造工場(茨城県日立市)は4月上旬の稼働再開に向けて設備点検作業を進めているが、加工工程を行う浪江日立化成(福島県双葉郡)が福島第一原子力発電所の避難区域に入っているため再開のめどが立たない状況にあり、炭素協会加盟各社に代替加工を依頼しているという。 JR西日本では同部品の約8割を同社から調達しており、他の一部納入メーカーにも生産増強を依頼しているが、海外メーカーなども含め他社からの大量納入はまだめどが立っていない。 長期にわた
福島県新地町にあるJR常磐線・新地駅の近くでは、津波発生時に停車していた4両編成の普通列車が横転大破している。ただ倒れているだけではなく、そのうちの1両は「くの字」に折れ曲がった状態となっている。 【画像全10枚】 これは2007年から仙台地区に投入が始まったE721系という最新の車両。被災したのは仙台から原ノ町に向かっていた上り列車とみられる。乗客乗員約40人は津波来襲の直前に脱出。たまたま乗り合わせていた警察官の誘導で約1km離れた場所にある高台に避難しており、人的な被害は無かった。 ただし、車両そのものの被害は甚大だ。停車していたのは海側の線路とみられるが、山側まで押し流されている。駅自体も跨線橋が残るのみで、駅舎そのものは流出していて痕跡すら見当たらない。流出してきた列車が押し潰してしまったのかもしれない。 津波被害で見渡すかぎりの平原となった街で、くの字に曲がった車体が転がる光景
三陸鉄道の復旧に向けて このたびの震災に際しましては、多くの皆様から御支援・激励をいただき、ありがとうございました。心から感謝申し上げます。 今回の震災により三陸沿岸地域は、甚大な被害を受けました。多くの方々が家族を、財産を、そして勤め先など生活の基盤を失いました。当社も各地で線路や橋梁、駅などが甚大な被害を受けました。幸いにして、アテンダントを含め社員と震災の際に乗車中のお客様は無事でした。(家族や住居を失った社員はいます。) 私たちは、震災直後から今後どのように対応するか協議しました。多くの方が家や車を失い、買い物や病院にも行けない状況を目の当たりにし、少しでもお役に立ちたかったので、結論は「とにかく復旧できるところから列車を動かそう」でした。 3月16日に久慈~陸中野田間で、3月20日には宮古~田老間で、3月29日には田老~小本間で運転を再開しました。被災したお客様からの「ありがとう
1/42 スクロールで次の写真へ 東日本大震災発生から2カ月以上経過しても、がれきが散乱したままのJR山田線陸中山田駅(岩手県山田町)(2011年05月21日) 【時事通信社】
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