目次 曲情報 『あの角を曲がって 逢えたら素敵ね』 『触れあって見つめあって』 『甘く苦いチョコみたいな 味わい深い人生を』 Apple Music 曲情報 歌:Every Little Thing 作詞:Kaori Mochida 作曲:Taisei Iwasaki リリース:2016年6月15日 シングル:『まいにち。』収録 タイアップ:キットカット ショコラトリー プレミアムシアター 平成最後のELTが発表した曲 まいにち。のB面に収録されている PVが無い、先行配信もあってか、最も売り上げが少ないシングル曲になっている 『あの角を曲がって 逢えたら素敵ね』 まず、イントロが神。 チャララッチャラ〜チャララッチャラ〜チャララ〜♪ チャッ!チャッ!チャッ!チャ!!← 僕はイントロを聴いた瞬間好きになった。 曲全体がアップテンポ寄りで歌詞と組み合わせても明るい歌になっている。 それとタイ
僕は努力は報われるものだと思う方だ。 常に戦っているような生き方をしているからかな。 努力が報われないってのは、その人の考え、体験、実際の現場から色んなことが考えられるかもしれない。 けど僕は努力は報われるものだと思ってる。 僕はピアノが好きだ。 ピアノを聴くのも好きだけど、何より自分の力で弾きたいと思った。 だからスタンド型の電子ピアノを数万円で買ったし、好きな曲、歌を弾こうと朝から5時間以上8時間も弾き続けた。 正直、死ぬような思いをしたけどな。 それでも、好きな気持ちに勝るものはなかったんだ。 そして俺は、弾けるようになったよ。 その時、丁度大学生だったから先生たちからも褒めてもらった。 大学にはピアノの授業もあったから、そこで初心者クラスからトップクラスまで昇格した。 ピアノが上手い奴にも負けてるつもりなんか一切なかった。 これは正真正銘の実話、ノンフィクションだ。 だから基本的に
僕は幸せはいらないです。 いつ来るかもわからない、安い幸せで満足したくないから。 その場凌ぎの幸せはいらないです。 だから、代わりに不幸をください。 死にそうになるだけの、ありったけの不幸を僕にください。 、、、死にたくはねぇけどな。 いつか僕を嘲笑った奴らを見返してやりたいんだ。 僕が死にそうになっている時、ヘラヘラ笑って楽しそうに人生を謳歌している奴らに言ってやりたいんだ。 「ざまぁみろ。」ってな。 努力している最中の奴に幸せなんてものはいらねえ。欲しいのは絶望と戦うための武器、兵器、ナイフだ。 だから神様、今の僕を簡単に助けようとは思わないでください。 僕はそんなんで幸せなんかにはなりません。 死にたくなります。
具体的な根拠がある訳ではなく、僕としてはブログ発信する方が楽だ。 人によってはブログで文章を書くより、動画や写真を撮って編集した方が良いと言う人もいる。 しかもブログよりYouTubeの方が見てもらえることがあるから、ブログよりYouTube配信の方が情報発信に向いていると言うわけだ。 ちなみに、YouTubeは毎月2億人ほどのユーザーから支持されている。 2億などと訳がわからないが、要はそれだけ見てもらえる人口密度が高いから、自ずと視聴もされやすくなるのである。 田舎で働くより東京で働いた方が稼げるみたいなものか。 僕もYouTubeで発信しようと思ったことがある。 しかし僕は顔を見せたり自分の声がなんだかあまり好きでは無いので、YouTubeよりだったら文字を書いて読んでもらった方が気は楽だし、気持ちが伝わりそうだからという理由でブログ発信を続けてる。 正直、効率が悪いだろう。 でも僕
嫌われたくない、と思うのは人の本能だ。 仕事に就いていればほとんどの人は誰かしらから嫌われている。 ヒカキンも、星野源も。 総理大臣に天皇陛下、大統領だって嫌われてる。 嫌われたくないからと、仕事に就かない人もたくさんいる。 学校に通う子どもは典型中の典型。不登校することで自分の意思、主義主張を維持しようとする。 このことは何も仕事の話だけではない。好きな人と結婚した筈の夫婦間でも、望んで産まれてきた自分の子どもですら嫌いになったり、嫌われることがある。 嫌われない、というのは不可能だ。 だったら初めから、こっちから嫌いになってしまうのも一つの手だ。 けど、僕としてはこの方法はあまりお勧め出来ない。 好きだと思ってくれる人さえも、傷つけてしまうからだ。 嫌われなくてもいい人からさえも、嫌われてしまうからだ。 僕が勧めるのは、自分らしく嫌われるということ。 嫌われることを恐れず、好きな人だけ
アーモンドを食べながら、そう思った。 ちなみにクルミも同様に好きだ。 子どもの頃は、こうしたナッツの味の良さはあまり分からなかった。ポテトチップスの方がよっぽどおいしいと思ってた。 実際、ポテトチップスはおいしいし今食べても全然飽きない。正直、主食にしても良いくらいだ。 けど僕は知ってる。ポテトチップスはガンと元なんだってことを。 そもそも、じゃがいもを高温で加熱すること自体タブーなんだ。勿論、健康的な話の中ではね。 アーモンドの何が身体に良いかって?それはビタミン、ミネラルさ。 ビタミンE カルシウム マグネシウム 亜鉛 鉄分 食物繊維 身体に良すぎてインポも治っちまうよ。 けど食べ過ぎると毒になるのはアーモンドも同様さ。結局、そこに行き着いちゃうんだけど、それを言ったら水だっておんなじだろ。 食べ過ぎたかどうかなんて、一度自分の身体に聞いてみりゃあいいのさ。最近思ったことに、医者の話よ
失敗するのは何かと嫌だ。 それが人前、誰が見ている前だとなおさら失敗したくなくなる。 そうして失敗したら、必ず冷やかす奴がいるってもんだろ。 真面目な奴は大体失敗を嫌う。そりゃそうか。失敗すること自体が、周りにとっての迷惑だもんな。 逆にわざと人前で失敗しようとする奴がいたりする。こいつは馬鹿だ。 4〜5歳になった子どもにまず教えなければならないこと、それは失敗を恐れないことだ。 別に4〜5歳に限った話ではないけどな。 けど、それくらいの年齢になったらどうして失敗したのかを考えるだけの頭は、もう十分についてる。 馬鹿な親はここで、なんでもやってあげようとするんだ。失敗させないように、馬鹿なことをさせないように、と。 馬鹿はどっちだよ。子どもを一生子ども扱いしやがって。ハッキリ言って迷惑なんだよ。見守ることすら出来ねえのかよ。 同じように、失敗を取り上げる保育者なんてのもいたりする。 コイツ
例えば通り魔だとか、爆弾魔、強姦者が目の前にいたとしたらどうだろうか?すぐに離れなければ何をされるのかわかったものではないだろう。 極端な例をわざと取り上げたが、要は見た目が普通そうな人であっても危ない人というのは存在するのである。 夫のDVだとか、姑からの悪質な嫌がらせはその典型だ。 しかし人には善意というものがあるから、「もしかしたら良い人なのかもしれない。」と、なんとかその人を救おうとしてみたり優しく語りかけてなんとか近づこうと試みる。 ある意味、頭が馬鹿だから出来ることなのかもしれない。 馬鹿は少し言い過ぎかもしれないが、夫からのモラハラに耐えられないと愚痴をこぼしながらも結局なんだかんだで夫と付き合っている様子を見ていると救いがないのは確かなことではある。周囲の人はただ見守るしかない。 しかし、モラハラにしろDVにしろ、夫と心の中で戦っているというのはエネルギーがとても溢れている
キモい人は何かといる。キモい人にも色々種類があったりするが、僕がキモいと思う人はいつも嬉しそうに笑っている人のことだ。 どうしてそんな顔しているんだ?意味がわからない。ましてや相手のことを伺わずに自分さえ良ければと幸せそうな顔して喋っていたりするのだからなおさら気持ち悪い。 幸せそうな顔を見ても何とも思わない人はいるのだろうか? とは言え、赤ちゃんの笑顔は確かに何とも思わない。それどころかこちらまで幸せな気持ちになれる。 しかし、それが20も過ぎた大人がギャーギャー笑っていたりしているのを見ると中々キモくてしょうがない。まるで馬鹿みたいだ。バカ頭。バカ面。 大人には大人の態度がある。それは世の中はそれほど幸せに満ちたものではないってことだろうし、絶望感と似たような悲しみでもある。 悲しみは無ければ良いものだと思う人はどれくらいいる?もし本当にそう思っているのであれば正真正銘の馬鹿だ。一度死
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