知らなかった
なぜはあちゅうが今さら創作の話を持ち出すのか、普通に生活していると理解できない。しかし、はあちゅうの立場に立ってみれば簡単にわかる。 端的にいうと、はあちゅうは『コンテンツ』でもあり『人格』でもあるという微妙な立場にある。そしてこの立場では絶妙な立ち回りが必要なことに気づいていない。 『コンテンツ』のコードはゆるい。セクハラするキャラであればセクハラ描写が許されるのがコンテンツの世界だ。セクハラキャラの芸能人がツイッターでセクハラツイートしてもよほどのことがなければ炎上することはない。 『人格』のコードは複雑な上に厳格だ。人格のコードに正解はほとんどないので「嫌われる」「好かれる」のラインを暫定的に採用するしかない。ポリコレは現代社会ではそれなりに無難な指針になる。 一般人の生活はコンテンツではないので人格のコードだけで生きていけるし、コンテンツとしてエッジを立たせる必要がない以上コードギ
リリース、障害情報などのサービスのお知らせ
最新の人気エントリーの配信
処理を実行中です
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く