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ブックマーク / blog.livedoor.jp/shunzo480707 (6)

  • 「このままでは大変なことになりますよ」は詐欺師の常套句 : 岩下俊三のブログ

    2010年06月27日00:21 カテゴリ政治テレビ 「このままでは大変なことになりますよ」は詐欺師の常套句 虚妄の近代経済学に騙された男はわが国の総理だけではない。なんとなくミクロ経済だかマクロ経済だかの呪文を唱え、前世紀の遺物・ケインジストを気取った国民も一知半解なまま、財務官僚と大学教授の詐術に騙されているようだ。おりこうさんになりたいのか、おりこうさんのフリをしているのか不明だが、資主義そのものの是非に言及することを避け、いかにももっともらしい数値(統計学も嘘なんだけど)をだして「経済」を語っている。「経済学を学ぶのは、経済学者にだまされない為である」という名言もあるくらいで、何時の間に日人はものわかりのいい国民になったのだろうか。競馬の予想屋なら、赤鉛筆でも耳に刺すべきだが、マスコミにぱりっとしたスーツで登場し、香具師の口上よろしく見上げたもんだからすの小便を垂れている。 価

    na23
    na23 2010/07/03
    タイトル正しい。
  • テレビは国母という新しいヒールを発掘したが : 岩下俊三のブログ

    2010年02月14日00:09 カテゴリテレビジャーナリズム テレビは国母という新しいヒールを発掘したが バンクーバーでの冬季オリンピックが開幕しました。いつも開会式を見るたびに、冷戦後に出来た国家の選手に、拍手したくなります。たとえばアゼルバイジャンやモンテネグロなど、過去に行ったことのある国の若者の、純粋な溌剌とした瞳をおもいだし、年甲斐もなく熱くなってしまいます。日の明治維新前後の青年も、多分そういう目をしていたのだろうと、勝手に想像してしまうからです。 だから、現代の国母君のような日の若者をみると、悲しくなってきます。 しかし、同時に国母和宏君(写真右)のような若者を生む原因をかんがえる必要もあります。アスリートとしての技能があれば、もともとそれを 競うのであって、「品格」をきそうお行儀コンテストではありませんから、参加資格はあるとおもいます。しかし朝青龍や亀田兄弟のように、

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    na23 2010/02/15
  • 岡田克也 : 岩下俊三のブログ

    2018年05月07日19:24 カテゴリ 生き残り作戦の失敗談 自称「野党」が参考人承知で妥協し、それまで審議拒否してきた理由をひとつも満足させることなく国会に復帰することとなる。 そして 「野党」分裂だけでは満足できず霧散するまでやってしまおうというこの「小物」のたくらみがまんまと成功しているようにも一瞬思われたのであった。 つまりこの男の深慮遠謀が成功したかとみえたのだ。 案の定 新生「国民民主党」には旧民主(民進)からも希望からも思ったほど集まらず、残った大物?たちはそれぞれ新希望その他の政党にさらに分裂していったのである。 まさに 「小物」を絵に描いたような大塚耕平がその顔に似合わぬ大博打をうって自民党と安倍政権の危機を「結果」救ってやったのである。(野党自滅作戦) そして 野党の際限なき分裂を加速していずれは保守の末席でもいいから拾ってくださいとこれ見よがしに手柄を見せ付けてい

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    na23 2010/01/02
    「ありていにいえば人殺しの目である。でも、だから、隠忍自重、一生真面目な人生をおくるだろう」
  • 桜井よしこは単なるタレント : 岩下俊三のブログ

    2009年11月27日01:07 カテゴリジャーナリズムテレビ 桜井よしこは単なるタレント 誤解しないでほしい。桜井よしこはタレントである。もちろん女性キャスターの草分け的存在であり、文章もうまく、いかにも考察力にあるがごとき比喩をもちいたりして、センセーショナルな話題をつねに提供している。でも彼女は、電波芸者にすぎないと思う。いかにもしっかりしたデータに基ずくような発言をしているが、学問的根拠はない。所詮センセーショナリズムでマスコミに断続的に登場しているテレビタレントにすぎない。メディアも視聴率が取れそうだから、出版物の目玉になりそうだから、声をかけているだけである。しかし若手の政治家や市民運動家や親米保守愛国ウヨクは、彼女の名声を利用してスピーカーにしようと企みがちである。だから彼女は悪くないのだが、世論誘導の「結果責任」はあるとおもう。 とくに悲劇は、かって日テレビが彼女を、ゆっ

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    na23 2010/01/02
    これは覚えておくべきでない?
  • 湯浅誠のアピールの仕方 : 岩下俊三のブログ

    2009年12月28日00:07 カテゴリ思想・哲学ジャーナリズム 湯浅誠のアピールの仕方 湯浅誠という人は多分若い新しいタイプの「サヨク」なのだろう。ネットでいう「ウヨク」が、坂口安吾もしらないで右翼をかたっているように、荒畑寒村もしらないで左翼と思われているのに似ている。しらないという意味は、耽溺していないという意味で、もちろん知識のあるなしではない。 彼の市民運動は一貫しており、貧困や格差についての分析も出版に耐えられる程度に構成がしっかりしている。基的に「売れる」ものしか出版社は扱わないから。どうしても湯浅は東大の学生時代から社会運動家であり、大学院では金銭的にも苦労したようだが、正直いって、新聞記者を父に持つ生来のインテリの慈善家としか(偽善ではない)思えない。だが講演もパフォーマンスも一流で、たった一年で、年越し派遣村村長から政府中枢に入る才能は、見上げたもので、次は民主党議

    na23
    na23 2010/01/01
    「どんなに純粋でも、汚れは付着するのです。厭ですけど」場そのものが汚れていると。
  • NHKは神社仏閣より偉いらしい : 岩下俊三のブログ

    2010年01月01日02:15 カテゴリテレビジャーナリズム NHKは神社仏閣より偉いらしい 謹賀新年 年明けそうそうまたもNHKの話題であるが、「紅白」に続く国民的行事が「ゆく年くる年」である。紅白の喧騒の音声レベルを5秒間ゆっくりフェイド・アウトし、さらにフィラー(大体は鐘楼の俯瞰)の5秒間をみせながら、音声をフェイド・インし、音が最高レベルに上がったところで、「ゴーン」と鐘の音が入る。国民は「紅白」の余韻と炭酸ガスの煙の演出と同時に、画面が「ゆく年くる年」の静寂との格差を楽しみ、最初の鐘の音で一年の終わりという時間軸を認識する。この「紅白」から続く一連の儀式が、毎年繰り返されることで、何かしらの安心感を持つ。この仕組みが、実は大変な作業であり、文化を創っている。しかし、それはNHKによって作られた「擬似文化」であり、もっといえば「擬制」の貫徹である。そのようにして、戦前の軍国主義も

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    na23 2010/01/01
    なるほどテレビの中に人工の神がいたのか。
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