さて、ぼくは以前、小説を読むこととは「他者」との出逢いであると書いた。 その「他者」とは、自分とは異なる心、異なる感性、異なる価値観をそなえているために、決して自分の思い通りにはならず、そのためにこそ強くひとを惹きつけるものである、と述べた。 しかし、真に並外れた才能は、時折り、奇跡を起こすことがある。 かれの作品を読むひとに、これこそ自分の理想そのものだ、まるで自分の頭のなかを覗いて組み立てたかのようだ、と思わせてしまうのだ。 そのとき、彼我のあいだの壁は消え失せ、読者は作品と一体化して、夢のようなひと時を過ごす。 それは、どこか、運命の恋に似ているかもしれない。決して手がとどかないはずの、自分でも漠然と思っていたにすぎぬ理想の存在が、目の前に形をともなってある奇跡。 何百冊、何千冊を読み通してもそうめったには出逢えぬ至福の瞬間である。 ただ、奇跡は永遠には続かない。シンデレラの夢は、十