2024年6月19日のブックマーク (6件)

  • 15歳で逝った「神のインフルエンサー」、ミレニアル世代初の聖人に バチカン

    2020年10月、アッシジで行われたカルロ・アクティスさんの列福式の様子/Vatican/Getty Images (CNN) カトリック教会が、イタリア人のカルロ・アクティスさんをミレニアル世代(1980~90年代生まれ)で初の聖人に列する見通しとなった。生前のアクティスさんはコンピューターに関して天才的な技術を発揮し、「神のインフルエンサー」の異名を取った。 フランシスコ教皇は、アクティスさんが起こしたとされる二つ目の奇跡を認めた。ゲーマーでありコンピュータープログラマーでもあったアティクスさんは2006年、白血病のため15歳で死去。20年には、一つ目の奇跡を認められて「福者」に列せられていた。次の段階の聖人に列せられるには、人の名で奇跡をもう一つ起こす必要があった。 生前のアティクスさんはコンピューターの技能を駆使してカトリックの信仰を拡散。奇跡の歴史をたどるウェブサイトを開設する

    15歳で逝った「神のインフルエンサー」、ミレニアル世代初の聖人に バチカン
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    nakayossi 2024/06/19
  • 「ひきこもり」は現在も増え続けているのか? - シロクマの屑籠

    最近、忙しくてブログがなかなか書けないなか、面白そうな話題がTLを駆け抜けていった。togetterに、それがまとめられている。 togetter.com 「昔の方が暴力が横溢していたのに、なぜ今になって不登校やひきこもりが増えているのか」について、いろんな人がいろんな意見を述べている。不登校、というのも意外に新しい概念で、昔は登校拒否という言葉が使われていて、それ以前には、農業手伝いなどの理由で親が子どもに学校に通わせない、なんてこともあった。昭和の終わりになっても、田植えや稲刈りの時期になると学校を抜けて家業を手伝うクラスメートがいたものである。もちろん、今日の不登校においては農業手伝いのために学校に行かない・行けないという事情は滅多になくなっているだろうけれども。 で、不登校については、増加し続けている。少しネット検索してもらえれば右肩上がりのグラフにいくらでも出会うはずだ。コロナ禍

    「ひきこもり」は現在も増え続けているのか? - シロクマの屑籠
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    nakayossi 2024/06/19
  • Ubuntu 24.04 LTSの日本語Remixについて | Ubuntu Japanese Team

    2024年6月10日 長年にわたりISOイメージ形式で配布してきた「Ubuntu日語Remix」ですが、Ubuntu 24.04 LTSではリリースしないことに決定しましたのでお知らせします。 理由は以下の通りです。 新しいインストーラー採用に伴うカスタマイズ難易度の増加 Ubuntu 24.04 LTSから新しいインストーラーが導入され、ISOイメージのファイル構成が変更されました。この変更により、ISOイメージをカスタマイズすることが難しくなりました。 多言語ライブ環境の非対応化 Ubuntu 24.04 LTSの公式ISOイメージは英語以外のライブ環境に対応しておらず、日語ライブ環境を実現するためには大きな変更が必要となりました。 Ubuntu日語RemixのISOイメージの主な利点は、日語ライブ環境が使えること、およびインターネット未接続状態でも日語のデスクトップ環境をス

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    nakayossi 2024/06/19
    ついに / おつかれさまでした
  • 数値を見て、事実を知る。思考の偏りを克服せよ – 書評 2024 Q1 – 回れ右の内輪差

    探求する精神 役に立たなそうな学問の意義の基礎付けに、Max Weber (Wikipedia) の「価値合理的行為」に言及していた。価値合理的行為とは、行為自身の価値のために行う行為のこと。対照の概念が「目的合理的行為」で、これは予め設定された目的に最も効率的に到達するために合理的に選択された行為を指す。 価値合理的行為の結果は、「役に立つことを目的として成し遂げられたことよりも、無限に大きな重要性を持つことがある」とは、Abraham Flexner (Wikipedia) の言葉だそう。価値合理的行為の重要性は、非連続的な革新を生む点にあると。 探究する精神 また、「計算されたリスク」という言葉が登場したことが印象的だった。限られた資源を意図したとおりに分配するには、計画を練り、リスクを計算し、使命に忠実であり続けることが重要と説かれてた。 研究所の資源は限られているので、何かを引き

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    nakayossi 2024/06/19
  • Twitter で議論するのと、Excel を方眼紙にするのは似ている - blog.8-p.info

    Twitter で議論をするのと、Excel を方眼紙にするのは似ている。道具には向き不向きがあり、なんでもを目の前にある見知ったソフトウェアですませるべきではない。 Twitter は議論に向いたソフトウェア/メディアとは言い難い。議論に巻き込みたいひとが使っている率が高いところは良いけれど、それ以外は、短文を投稿するメディアであるという人々の認識も、リツイートやお気に入りのような機能で外部から茶々を入れられるのも、こみいった話をするのに向いた場所とは言い難いと思う。 Excel を方眼紙にしない程度には分別のある人々が、Twitter で議論めいたものをしているのをみると残念に思う。議論というか、だれかのつぶやきにだれかが反論して、程度のことなんだけど、それを Twitter でやりだしたら、こじれないものがこじれませんか、と思ってしまう。 一方で、Excel 方眼紙をしている人には「

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    nakayossi 2024/06/19
  • 少数派にとって「政治的な正しさ」は切実な問題である - blog.8-p.info

    に住んでいたころの私は、いわゆる「政治的な正しさ」というのにあまり関心がなかった。とりわけ、最近のアメリカのドラマでは、主要な登場人物として黒人やアジア人を入れなくてはいけないのですよ、みたいな話を「それは窮屈な話だなあ」と受け取っていたように思う。来は自由であるはずの創作に PTA 的な正しさを持ち込んできてうっとうしい。 そこから色々あって、アメリカ引越して、子供を育てる立場になった私にとって「政治的な正しさ」、とりわけメディアにおける人種や性別の構成というのは、結構切実な問題になった。自分の子供たちがアメリカ社会から受け取る印象というのを心配していて「アジア人も女性も、政治家にもポップスターにもエンジニアにも、主人公にもなれる人種なんですよ」というのをわかってほしいと思っている。 これは、私とその家族がここでは少数派になってしまった、ということから来ていると思う。 「アジア人

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    nakayossi 2024/06/19