(前回から読む) 翻訳調の翻訳の問題点にいち早く気づいて、新しい翻訳のスタイルを確立してきたのは、意外ではないはずだが、エンターテインメント小説の分野である。勉強のために読むのなら、少々理解しにくくても必死に考えるし、原書を読むのが正しい方法だと教えられれば、無理してでも原書を読もうとする。だが、エンターテインメントの小説は楽しみのために読むものだ。原書と対照して読む人などいるはずがない。 忠実に訳しながらも質の高い日本語 典型的な例を示してみよう。訳書が出版されたのは1967年、訳者が30歳のときの作品である。 おもむろに、もったいぶって、スターは煙草をもみ消した。ヴァレリー艦長はその仕種に、なんとなく決断と最終的態度があらわれているように思った。彼はつぎになにがくるかを知って、すると一瞬、ひりりと刺すようなにがい敗北感が、このところ前頭部から消えぬ鈍痛のあいだをつらぬいた。が、それもほ