企画特集 3【神奈川の記憶】 (108)維新期に登戸で誕生した丸山教 丸山教本部の施設図。参拝者への土産として明治20年代に作られたものらしい=いずれも丸山教教務本庁蔵 丸山教を開いた伊藤六郎兵衛。文明開化を否定し、「生き神様」として信仰を集めた 教祖が亡くなり30年の式典を伝える絵はがき。1923年春に登戸の本部で盛大に行われたが、その年9月の関東大震災で主要な施設は倒壊した ■開化を批判 現世の幸福追求 ◆近代化で苦境の農村で信者増 江戸へと向かった1868(慶応4=明治元)年の新政府軍の隊列に、登戸村(川崎市多摩区)の伊藤六郎兵衛は助郷の一人として駆り出された。数え40歳と若くはなかったためか、兵器や兵糧ではなく、幕を担いだと伝わっている。 その帰り道、政治の混乱のため不安のどん底にいる地域の人々を思い、六郎兵衛は「窮状を救う本当の神様を探さなければ」と決意した。世情不安、人心荒廃か