その作品の表面的な「読み易さ」に反して、実験的な現代作家として評価されている小説家の金井美恵子は、「私は小説を読んだから小説を書くようになったのだ」とどこかで語っていた。 本を読むのが好きな少年少女は、最初に読んだ一冊に導かれて小説の世界に入っていく。好きな分野、好きな作家がはっきりしてくる中で、だんだんと「読み」に長けるように(つまり優れた読者に)なる。そして、「ここではまだやれること、やるべきことがある」→「それをやっている人がいない」→「では私がやってみよう」という流れができていく。 一編の小説も読まずにある日突然書き出す人は、よほどの天才を除いていないだろう。小説の世界にどっぷり浸かり、そのジャンルの歴史や形式や様態をかなり詳細に知った上で、「でもまだやるべきことがある。それを私がやらんで誰がやる」(金井美恵子はそこまで泥臭いことは言ってないが)くらいの決意のもとに書き出すのだ。単