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政治と文学に関するnoharraのブックマーク (2)

  • 小田亮のブログ「とびとびの日記ときどき読書ノート」 - 〈地続き〉と「切断」——日本の人類学の理論的到達から

    さて、つづきです。 松田素二さんの「切断」という用語のほうから説明しましょう。松田さんは、『抵抗する都市』のなかでは、質主義的な語りを「均質化」の語り、構築主義的な語りを「異質化」の語りと呼んでいます。松田さんは、「抑圧者・被抑圧者を一元的に表象する定型的語りを脱ぎ捨て」て、構築主義的な「異質化」を行ってきた近年のニュー・ヒストリーやカルチュラル・スタディーズの植民地文化研究について、つぎのように言っています。 異質化を進めていくと、一人一人の思いと振舞いへと歴史の語りはシフトしていく。そこでは、生まれながらの弾圧者も、首尾一貫した抵抗の英雄も存在しない。頑固と日和見、良心と悪意を往来しながら生きる「当たり前の人間」が浮かび上がるはずだ。そこには抑圧する側とされる側の境界は消滅するか、ごく低い垣根に変わっている。こうした異質化された「人間像」の提示で、逆に見えなくなるものがある。それが暴

    小田亮のブログ「とびとびの日記ときどき読書ノート」 - 〈地続き〉と「切断」——日本の人類学の理論的到達から
    noharra
    noharra 2009/02/11
    「切断」という抵抗の仕方:弱者が定型的な語りによって本質的な自己像を描くことの重要性、しかし現実的には融通無碍にふるまい、両者を弁証法的な止揚や統合の関係にせず、互いに共約不可能のまま切断しておく!
  • 村上春樹さんのエルサレム賞受賞と、筒井康隆さんが論じる文学の政治性について。 : ねこねこブログ

    2009年02月04日 22:43 村上春樹さんのエルサレム賞受賞と、筒井康隆さんが論じる文学の政治性について。 寄生獣―完全版 (1) (アフタヌーンKCDX (1664)) ヘウレーカ (ジェッツコミックス) 昨日よりも、体調が急激に悪化し、全身に酷い疲労と倦怠感があり、背中が物凄く痛くてたまりません。朝から事が取れず、一日一(夕のみ)になってしまいました。なんとか、生活に規律(朝と晩)を持って生きていられるのは、の世話をしているおかげであり、それがなかったら、死んでいるように思います。非常に心身状態酷く、自分の文章があまり書けそうになく、申し訳ございません。今日のエントリのメインは昨日、以下のエントリで触れた村上春樹さんのエルサレム賞受賞についてです。 勇気ある強くて優しく思いやりについて。ダニエル・バレンボイム「無言歌集全48曲」 http://nekodayo.lived

    村上春樹さんのエルサレム賞受賞と、筒井康隆さんが論じる文学の政治性について。 : ねこねこブログ
    noharra
    noharra 2009/02/09
    なるほど:文学の無徴性(非政治性)などどこにもないけど、自分の立場を優位にするためにあえて分かってやっている人と『文学の無徴という特権性を信じている人(ファンの一部の人さん)』の二種類がいて
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