●「近代絵画」のディシプリンというものが、ぼくには結構しっかりと刻まれてしまっていて、それはほとんどぼく自身と不可分なもので、だからぼくは一生それを引きずっていくしかないだろう。現代が、本当にもう完全に「近代」が終わってしまった時代であるとしても、ぼく自身としては「近代絵画」というものの大きな達成が過去にあったことを忘れて作品をつくることは出来ない。これは時代の問題でも世界の問題でもなく、ぼく自身の問題だ。(同時代に生きている世界じゅうの人の多くが、そんなもの問題にしなくたって生きていけると思っている時代に、二十世紀の終わり頃に日本で生まれたぼくなどに、何故そんなものが刻まれてしまったのか。それはまさしく「誤配」されたとしか言いようがないのだが。とは言え、こうした誤配は今後も細々とつづいていくのじゃないだろうかという期待はある。) しかし、自分以外の人間に対して、それを尊重しろと要求するこ