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interviewに関するnunkadelicのブックマーク (10)

  • <完全版インタビュー Part.1>時代、そして自分自身と向き合いながら。ポップミュージックの最前線を更新し続ける、2020年代の宇多田ヒカル | Special | Billboard JAPAN

    2021年6月2日に公開した「今」の宇多田ヒカルに迫ったインタビュー(https://www.billboard-japan.com/special/detail/3186)。今回、そのインタビューの完全版が、ビルボードジャパンに到着した。Part.1、Part.2の二部に分けて、公開する。 Part.2は、7月21日公開予定 歌もラップも、「ただ人間の声帯から発せられるもの」 ーー宇多田さんの音楽は常に時代とともにあると思います。2010年代以降、ラップミュージック的な音楽の作り方/聴き方がポップミュージックの主流となりました。宇多田さんのリリックの作り方やトラックへのボーカルの乗せ方は、どこかラップに近いアプローチも感じます。宇多田さんの楽曲制作の方法や音楽への向き合い方を“ラップミュージック的なもの”という視点で見た際、どのような捉え方になるのでしょうか。 宇多田ヒカル:2010年代

    <完全版インタビュー Part.1>時代、そして自分自身と向き合いながら。ポップミュージックの最前線を更新し続ける、2020年代の宇多田ヒカル | Special | Billboard JAPAN
  • 「シュガー・ベイブの後、なぜポンタにドラムを頼んだか」山下達郎が初めて語った戦友・村上“ポンタ”秀一 | 文春オンライン

    ◆ ポンタは話を盛るからね(笑) 山下達郎(以下、山下)「すごいですよね。村上ポンタを文藝春秋が扱うなんて(笑)。追悼記事が先日の文春オンラインに載ってたけど」 ――そもそもはポンタさんの語り下ろし自伝(「自暴自伝」)が、文藝春秋から出ていたといういきさつがありまして。 村上“ポンタ”秀一の自伝「自暴自伝」(2003年、文藝春秋刊)。真保みゆきいわく、「全十回、数十時間におよぶインタヴューを再構成していく作業には、やったことはないが“砂金採り”というのは、こういうものかもしれないなあ。そう思わせるものがあった」(同書・構成者後記より) 山下「それはいつ頃?」 ――2003年です。 山下「じゃあ、一番体調が悪かった時期かな。少しは良くなってたのかしら」 ――取材中、缶チューハイは飲まれてました。10回ほどインタヴューしたんですが、語りのすべてが事実だったのかどうか、判然としないところもあっ

    「シュガー・ベイブの後、なぜポンタにドラムを頼んだか」山下達郎が初めて語った戦友・村上“ポンタ”秀一 | 文春オンライン
  • 『シン・エヴァンゲリオン劇場版』、膨大な素材と緻密な編集を支えたAdobe Premiere Pro

    『シン・エヴァンゲリオン劇場版』、膨大な素材と緻密な編集を支えたAdobe Premiere Pro 『シン・エヴァンゲリオン劇場版』が公開となりました。今作は、プロダクションの規模も非常に大きく、プリヴィズの段階から素材やカットは数え切れないほどの枚数が生み出されました。そしてこの作品の基幹ともいえる編集を担ったのが、Adobe Premiere Pro でした。 ©カラー 『:序』の公開から14年を数える2021年、『シン・エヴァンゲリオン劇場版』が公開となりました。庵野秀明総監督のもと常に独創的な表現が生み出されてきた『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』及び『シン・エヴァンゲリオン劇場版』全4部作も、とうとう今作で締めくくりとなります。東宝、東映、カラーの三社共同配給という前例のない規模での劇場公開を果たした今作は、プロダクションの規模も非常に大きく、プリヴィズの段階から素材やカットは数え切

    『シン・エヴァンゲリオン劇場版』、膨大な素材と緻密な編集を支えたAdobe Premiere Pro
  • 発掘,史上初の純国産ビデオゲーム! HITAC 10で開発され,1973年にお披露目されたゲームと,それが後年に与えた影響とは

    発掘,史上初の純国産ビデオゲーム! HITAC 10で開発され,1973年にお披露目されたゲームと,それが後年に与えた影響とは ライター:hally 12→ 1973年7月,一般的に“日初のビデオゲーム”とされるタイトーの「エレポン」や,セガ・エンタープライゼスの「ポントロン」が発売された。しかし,これらはあくまでAtariの「PONG」をコピーしたものであり,開発の面からすれば当の意味で“日初”であるとは言い難い。 では“日人が自ら考案・設計した最初のビデオゲーム”とは,いったい何なのだろうか? その答えが,意外なところで見つかった。調査によって,1973年の11月に,岩手大学の大学祭で「電子パチンコ」および「電子ボーリング」なるビデオゲームが,学術用ミニコンピュータ・HITAC 10をプラットフォームとして公開されていたことが明らかになったのだ。現在探しうるうちでは,これが恐ら

    発掘,史上初の純国産ビデオゲーム! HITAC 10で開発され,1973年にお披露目されたゲームと,それが後年に与えた影響とは
  • 坂本慎太郎が語る「いい曲」のかたち。キャリアを通じて貫く美学 | CINRA

    慎太郎の約1年ぶりとなるニューシングル2枚が、相次いでリリースされた。『好きっていう気持ち / おぼろげナイトクラブ』(2020年11月11日)、そして「ツバメの季節に / 歴史をいじらないで」(2020年12月2日)。この4曲の新曲は新型コロナウイルスによる緊急事態宣言が発令されていた時期に書かれたものだという。 2020年初頭に発表されていた国内外でのツアースケジュールがほぼ白紙となり(姫路文化センターでの燻裕理、ゑでぃまぁこんとのライブ『ぎゃふん!』のみ9月に延期のうえ行われたが)、表立った活動ができなくなった時期に生まれたこの4曲。シンプルさを極めたサウンドにはアルバム『できれば愛を』(2016年)、シングル『小舟』(2019年)をさらに推し進めたバンドグルーヴを感じさせつつ、外の空気にほのかに漂う傷みを負った気配や、かつての日常が幻になってしまった現状に反応したような歌詞がい

    坂本慎太郎が語る「いい曲」のかたち。キャリアを通じて貫く美学 | CINRA
  • ケンドリック・ラマーは語る|NHK NEWS WEB

    ケンドリック・ラマ-。1人のアメリカ人ラッパーの言葉が、いま、世界を動かし、社会から疎外された人々を1つにつなげている。暴力や差別がなくならない混とんとした現代に生きる苦悩を表現してきた彼の歌詞は、世界中の若者の共感を集め、最新アルバムは、優れたジャーナリズムに贈られるアメリカのピュリツァー賞の音楽部門を受賞した。その彼が、ピュリツァー賞受賞後としては海外メディアで初めて、NHKの独占インタビューに応じた。ケンドリック・ラマ-が語る社会を変える“音楽の力”、そして日へのメッセージとは。(聞き手/科学・文化部記者 斉藤直哉) ことしの「フジロックフェスティバル」に出演するため、5年ぶりに来日したケンドリック・ラマ-。 「取材に応じる」と返事が来たのは、インタビューした日の前日。どんな人物かと緊張して待っていた私たちの前に現れたのは、もの静かで知的な雰囲気の青年だった。 ピュリツァー賞の受賞

    ケンドリック・ラマーは語る|NHK NEWS WEB
  • TOWA TEI 94-14, 20TH ANNIV, TOKYO JAPAN|小山田圭吾×砂原良徳 対談|Warner Music Japan

    後輩鼎談に続いては「同僚対談」。 Corneliusこと小山田圭吾と、まりんこと砂原良徳。 テイ・トウワとは、O/S/T、そしてMETAFIVEで競演を重ねるふたりが登場。 90年代に遡る出会いから、楽曲データのやりとりから見えてきたというTTサウンドの秘密まで、 METAFIVEのリハーサルを前に話を聞きました。 取材/写真 江森丈晃 砂原良徳(以下S) 最初に会ったのは90年代の中盤です。直接は知らなかったんですけど、僕の前にピエール瀧が知り合いになってて、僕がニューヨークに遊びにいくっていう時に「お前、会ってきたら?」って言われて。 ──さすがの識見ですね。 S ね。何か共通のものを感じてくれたんだろうね。そのときはGEISHA GIRLSのレコーディングしてましたね。スタジオに呼ばれたらまさにその現場で。もちろん(テイさんのことは)その前から知ってましたよ。坂龍一のラジオ(FM『

    TOWA TEI 94-14, 20TH ANNIV, TOKYO JAPAN|小山田圭吾×砂原良徳 対談|Warner Music Japan
  • 「俺の根本にあるのは『歌をうたいたい』ということ」SFU中川敬が自身の表現原理を語る

    フォトグラファー/音楽ジャーナリストの石田昌隆氏によるソウル・フラワー・ユニオン初の評伝『ソウル・フラワー・ユニオン 解き放つ唄の轍』(河出書房新社)の刊行にともない、同グループのリーダー・中川敬にこれまでのバンドの軌跡を訊くインタビュー後編。前編【中川敬が振り返る、初期ソウル・フラワー・ユニオンの精神】では、初期ソウル・フラワー・ユニオンの精神性や、当時の音楽シーンについて語ってもらった。後編では、名曲「満月の夕」の誕生秘話から、震災後に改めて見つめ直した自身のスタンスまで語る。インタビュアーは音楽評論家の小野島大氏。(編集部) 自分の内面は言葉の端々やメロディの端々に常に潜んでる ――石田さんはこので、音楽家個人の内面から出てきた表現よりも、音楽家を媒介にして現実の断片が吹き出してくるようなものに惹かれる、それがソウル・フラワーの音楽なんだと語っています。それがこのの核心だと思うん

    「俺の根本にあるのは『歌をうたいたい』ということ」SFU中川敬が自身の表現原理を語る
  • 「俺らこそが真のパンクや!」中川敬が振り返る、初期ソウル・フラワー・ユニオンの精神

    ソウル・フラワー・ユニオン初の評伝『ソウル・フラワー・ユニオン 解き放つ唄の轍』(河出書房新社)が刊行された。彼らを追いかけ続けたフォトグラファー/音楽ジャーナリストの石田昌隆・著による渾身の一作である。「音楽は、ミュージシャン個人の内面から出てきたものより、ミュージシャンを媒介して、ひとかたならない現実の断片が吹き出してくるところを捉えたもののほうがズシンと伝わってくる」(書より)という著者の音楽観が明かされ、それを体現する存在としてのソウル・フラワー・ユニオンが描かれる。阪神淡路大震災、東日大震災、寄せ場、韓国、東ティモール、パレスチナ、アイルランド、辺野古、そして官邸・関電前と、世界中のさまざまな現場と関わり、世界中のさまざまな音楽と交わることで形作られ、いまもなお変容し続ける稀代のミクスチャー・バンドの現在に至る道を鮮やかに照らし出した、必読の一冊である。 今回の取材では、同書

    「俺らこそが真のパンクや!」中川敬が振り返る、初期ソウル・フラワー・ユニオンの精神
  • 「足るを知り、やり直せる社会にしよう」池上彰さんに聞く「未来のつくりかた」

    「アベノミクス」が流行語になった。経済活性化を公約に掲げて前の年に政権が替わった。景気回復のために原発再稼働、東京五輪の経済効果……でもちょっと待ってほしい。私たちは経済よりも、もっと大事な「心」を取り戻すべきじゃないのか。ダライ・ラマ14世と対談して、経済成長最優先の社会を一度見直そうと唱える池上彰さんに聞いた。

    「足るを知り、やり直せる社会にしよう」池上彰さんに聞く「未来のつくりかた」
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