ビールとポップコーンと映画 ラストマイルを見た。良い映画だった。 映画館でべそべそ泣いて、鼻を啜りながら車で帰った。感想はこのブログでは書かない。みんな映画館に行って感じてみてほしい。 帰ってからツイッターで感想を漁り、うんうん、わかるわかる、そうだよね、とまた映画を思い出して…
開幕からまさかの展開過ぎるでしょう…… 苦しそうな五代くんの息遣いとダグバの哄笑、不鮮明な映像ながらも人々が燃やされている様子やアークルにひびが入っている様子が描かれ ダグバ「どうしたの? もっと強くなって、もっと僕を笑顔にしてよ」 一条「五代……! 五代……!」 五代くん「一条さん。俺……なります」 で OP。1番に……戻った…… 前回黒くなって強くなった! と思ったのに本編に入る前にもう大敗北かよ! 色々すごいな! つーか OP 前にもう「決意」してる! サブタイも OP 前に終わってしまった!! なる、というのは当然凄まじき戦士ですよね。ダグバに等しいという アマダムからは「そうなるんじゃないぞ」と警告を受けた、と五代くんは言っていますが、その凄まじき戦士が異常な強さのダグバに等しいのならば、勝ち目が出てくる、とも言えるわけで でもそうなるとどうなるかわからないわけで。究極の闇かも知
夢喰いメリー2話を見る。 ああ、このアニメは本当に心地よい。 心地よいテンポだ。 夢喰いメリーのテンポとは何か? それは、そもそも山内監督がなぜ「夢喰いメリー」を選んだのか ということを想像することから始まる。 かつてインタビューで 「六感、あるいは七感、そこら辺をくすぐる」 と山内監督は言っていた。 それが監督のやりたいことだと。 アニメというのは基本的には視覚、加えて聴覚に訴えるものだが、 確かにそういった「五感以外の感覚」に 訴えるのに適していると思う。 この「五感以外の感覚」の表現、 そしてアニメというものの適しているもの。 視覚に主に訴えながらも、五感を超えるようなもの。 それが 「夢」 なのではないだろうか。 だから山内監督は「夢」を扱ったこの「夢喰いメリー」 という原作の監督を引き受けたのではないか。 「夢」のアニメ化。 アニメと「夢」の関係は 例えば虚構と現実を押しだす押井
「出会い」←ボトムズかwww 山本寛監督のフラクタルの一話を見た。 ツイッターの僕のTLのアニメファンの人はつまらないって言ってたので、僕をブロックしても良いよ。僕は面白かったから。 この世の面白さを感じる事が出来るのは僕の心だけだからねえ。他人はいなくても同じなのさ。 で、ジブリ、っていうか魔女の宅急便以前の宮崎駿の影響は、というかそのものずばりのシーン引用だったりするんで、俺がわざわざ言う必要はないんだが。 主人公のモノローグの使い方が、この間見た出崎統の宝島の一話に似てるなーって思った。 宝島一話のモノローグの使い方についてのエントリ↓ 出崎統の宝島 第一話 主にモノローグ主人公ラノベ考 - 玖足手帖-アニメ&創作- ま、端的に言うと 「設定が濃いけど、ラノベみたいに先に説明しない(時にXXXX年、???と呼ばれる\\\が・・・ってやつ)」 「事象を見せてから、台詞か行動で視聴者に後
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