ブックマーク / note.com/6016 (13)

  • 短編小説:いぬのかぞく|きなこ

    「なあモリさん、俺にはな、娘がおるんや」 霧雨の降る日曜の午後、朝からずっと落ち着かない様子で家の中を秀さんは、床に寝そべるおれの顔を覗き込んで言った。 「子どもなんて、スグきるもんやろと思てたんやけど、1年たっても2年たっても3年たってもどうにもでけへん、それで病院で調べてもろたら、里佳子さんは健康そのもの、いつでもママになれますてことやったんやけど、俺があかんかった」 ニンゲンの繁殖事情はよくわからないが、ともかく秀さんは細君の里佳子殿との間になかなか子が授からなかった。そしてそれの原因は秀さんにあったということらしい。医師から 「自然に子どもを授かることは不可能」 そのように聞いて落胆する秀さんに、細君である里佳子殿は子どもがない夫婦など世の中にはいくらでもいるのだし、子どもを持つことはこの結婚の絶対条件ではないはずだと秀さんに言ったそうだ。しかし秀さんはお子を諦めることができず、最

    短編小説:いぬのかぞく|きなこ
    nyah
    nyah 2024/05/28
    この使い方はだいぶずるいと思う せめて空想上の生物でやって欲しい
  • 短編小説:たぬきの恩返し|きなこ

    リョーコちゃんが俺に持たせた荷物の中に古い3合炊きの電気炊飯器がある。それはまるでサザエさんに出てきそうな昭和風フォルムの白い電気炊飯器で、俺は最初それを「いらへんて」と言った。 「リョーコちゃん俺、飯とかあんま炊かんて、むこうではサトウのごはんうて生きていくつもりやし」 「アカン、ちゃんとご飯を炊かへんと費が高うつくやんか、絶対に荷物の中に入れとき」 正月の鏡のように白くぽってりとしたフォルムでかつ、その首の上に乗っかる顔がタヌキそっくりのリョーコちゃんは、普段はたんわりと穏やかで、俺には滅法甘い人なのに、この時ばかりはいつになく強行だった。 「いらんて」 「いるて」 「いやいらんて」 「いや絶対いるねんて」 「なにを根拠にそう言うねんな」 「ええから、こういうのは理屈じゃないねんて!」 結局、俺はリョーコちゃんと「いる」「いらない」の応酬を繰り返すことが面倒くさくなってリョーコち

    短編小説:たぬきの恩返し|きなこ
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    nyah 2024/04/02
    いい
  • 短編小説:スライムきょうだい|きなこ

    みんなが布団部屋とか魔窟とか呼んでいる3畳ほどの広さの納戸に2人が入ったところを見計らって扉を閉め、かちりと手早くカギを掛けて中に閉じ込めてしまったのはナナだった。 「ねねね、なんか納戸に何かいるみたい、この前ベランダからうちに入ってきてたかもしれへん」 「まじか、あのキジトラ?どこどこどこ?」 「ネコチャン?だいすき、みたーい!」 まえに、お隣からベランダ伝いでこの家に侵入してきたがいるかもしれないよ。 ナナの言葉に、ナナの兄のケンケンと、妹であるリリは6年前の家族旅行でたった1回使ったきりのバーベキューコンロとか貰い物の防災セットとか地震の時にパパが大量に買ってきたミネラルウォーターとカップ麺なんかが所狭しと積まれている納戸に飛び込んだ、その2人の背中を確認してナナは納戸の扉を閉めた。 ナナとケンケンとリリ、3人が両親と暮らしている自宅は築45年のUR賃貸住宅で、とにかくなにもかも

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    nyah 2024/02/16
    ぬおーっなんじゃこれは
  • 短編小説:淋しくなんかない。|きなこ

    小学5年生の時、海斗と同じクラスの坂さんという女の子が自宅で大型犬を飼っていた。それはとても賢い犬で、オスワリ、オテ、オカワリ、フセはすぐ覚え、指でピストルの形を作ってばあんと撃つ真似をするとひっくり返って軽く前足を痙攣させる芸までできるのだと自慢していた。キラキラと光る太陽色の毛並みと優しいとび色の瞳の、犬種は確かゴールデンレトリバー。 「いいなぁー超かわいい」 「毎朝一緒にお散歩に行って、夜は一緒に寝てるんだ!」 「この子、名前はなんていうの?」 「アニーって言うの、あたしの親友っていうか、もう妹みたいな存在」 クラスの女の子達が市の教育委員会から貸し出されているリンゴのしるしのタブレットに映る画像を見ながら話しているのを、特にその中に混ざるでもなく、女の子達のカタマリの横の席に座ってぼんやりと聞いていた海斗には、友達がいなかった。 『こころひとつに、みんな仲良し5年2組』 担任の澤

    短編小説:淋しくなんかない。|きなこ
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    nyah 2024/01/30
    すごいものを読んだ/元々少年同士のややこしい情愛を書きがちというのが念頭になければ結構ショッキングだったかもしれない
  • 小説:ひつじの子

    序)かあのこと わたしの生まれた日は消え失せよ。 男の子をみごもったことを告げた夜も。 その日は闇となれ。 神が上から顧みることなく 光もこれも輝かすな 新共同訳聖書 ヨブ記 3:3‐4 社団法人愛徳のひつじ会の運営する児童養護施設『こひつじ園』は1955年、大阪と京都の間の土地にあった屋敷とその周辺、35,000㎡の広大な山林を個人で所有していした園長が数名の賛同者と共に始めた小さな孤児院だった。 設立の5年後には園長の私財と篤志家らの寄付によって、乳児院であるひかり園がこひつじ園の建物の裏手に建設された。更に設立の10年後にはこひつじ園とひかり園の間の土地に講堂を兼ねてオーストリアから輸入したパイプオルガンの置かれた礼拝堂と、子どもらの遊具と東屋の設えられた中庭が整備された。 俺がそのこひつじ園の子どもだった頃、こひつじ園とひかり園には合わせて100人程の子どもが在籍していた。その数は

    小説:ひつじの子
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    nyah 2023/12/31
    よくこれを書けたな いろんな いろんな意味で
  • 短編小説:ヨセフの誠実|きなこ

    1 冬を好まない人間は、ひとりでいることが得意じゃない。 冬の朝、白い息を吐きつつ、人影のない歩道を歩いていると自分がまるで地球上の最後のひとりになってしまったような気になるからだ。もしくは自分がもう死んでいて既にこの世には存在していない人間なのかもしれないと錯覚してしまうから。いつも俺の隣にいるやつは「なんやそれ、別にそんなことないやろ」なんて笑っていたが、俺がそう思うのだから仕方ない。俺は冬が嫌いだし、とりわけ冬の夕暮が苦手だ。 昼の日差しの微かな温かさが少しずつ夜の冷気に溶けて、しんとした冷たい夕暮れの薄暗闇が世界を覆う時間を俺は途轍もなく寂しいものだと思っている。 あの苛烈な中学入試の戦場を潜ってきた人間は皆、その後の六年程、なんとなく腑抜けになるらしい。 『世の光であれ』 これが校訓の私立中高一貫校には、それなりに賢いものの、同じ市内にある武闘派の受験校に通う連中よりはやや緩く、

    短編小説:ヨセフの誠実|きなこ
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    nyah 2023/11/26
    つらく、苦しい/それはそれとして「これは意図して書いたのだろうか?」という一節もある、まさに暴力によって妊娠を強いた登場人物が一人いるのだが……人物ではない?それはそう
  • 短編小説:かみさまみたい|きなこ

    「おれ、甲斐先生と話がしたいんだけどさ」 1ヶ月ぶりに病棟に姿を見せたゴウさんは少しやせていて、対応した病棟の看護主任の山さんはそれをひどく気にしていた。 「ゴウさんちゃんとご飯べてる?」 「たべてるよォ、山さんこそなんか疲れて見えるぞ、ちゃんとってんのか?」 そう笑いながら俺の事を待っていたらしいゴウさんを見た時、俺はどきりとした。丁度、治療方針を巡って持参した果物ナイフで医師を刺殺したとかいう事件が報道されていたし、刃傷沙汰とまではゆかなくとも、小児科では治療の甲斐なく天国に戻って行った子どもの両親が医者を相手取って訴訟を起こすということは然程珍しいことじゃない、研修医だった頃に先輩が受け持ちだった患児の親から内容証明が送られてきたとため息をついていたのを見たこともある。 「気持ちはわかるよ…なんの準備もないまま我が子が亡くなってそれがどうしても納得できないっていうのはさ、それ

    短編小説:かみさまみたい|きなこ
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    nyah 2023/11/13
  • 短編小説:北大路のミーちゃん|きなこ

    1 「あんな、北大路のホラ、大垣書店の横の魚屋さん?うなぎ屋さんやったかな、そこにいつも白黒のがおったやんか、あの子ってまだ生きとるんかな、芽衣ちゃん知ってる?」 退院した日、キャリーケースいっぱいの荷物と一緒に戻ってきた自宅の賃貸マンションは空気が淀んで暗く、それがいかにも「大病した人の部屋」という陰具合であったので、外気がすっかり冬支度を始めたしんと寒い晩秋ではあったけれど、私は部屋の窓という窓を全て開け放った。それで清浄な空気が室内に満たされるはずが逆に昼間の交通量の多い表通りの排気ガスが流れ込んできてそれが酷く鼻につき、仕方なくため息とともに窓を閉めて、それからそうやと思い出して学生時代からの友人である芽衣子に電話をかけた。 それは職場の健康診断で子宮頸がんが見つかり、それが末期的ではないにしろ奥に向って浸潤した初期とも言えない状態であって、致し方無く生殖に関わる一切をきれいに

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    nyah 2023/10/14
  • 短編小説:ハルの家|きなこ

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    nyah 2023/10/07
  • 短編小説:おとうさん|きなこ

    今年七十五になる父がおかしいと電話をしてきた母に、父がおかしいのは昔からじゃないのと私は言った、父は天気の話などをしている時に突然オイラーの定理について話しはじめるような人だったもので。 「違うのよ、ちょっと散歩に出たと思ったら何時間も帰って来なくて、探しに行ったら川向こうの公園でぼんやりしていたり、スーパーでまだお会計の済んでないお煎を掴んで持ち帰ろうとしたりね…もう一歩間違えば万引きよ。まあその件はお間違いになったんですよねってことで不問にはなったけど」 「ウソでしょ、ほんとに?」 「こんなことで嘘ついてどうすんのよ、だから六花、今週のどこかでウチに一度帰って来て。あんた別に会社勤めじゃあないし、ちょっと一日二日こっちに戻るくらいのこと、できるでしょ」 母は昔からひどくせっかちで癇性で、人の返事というものを一切待たない。この時の電話も「できるでしょ」の「し」の部分でぶつりと切れた。私

    短編小説:おとうさん|きなこ
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    nyah 2023/09/27
    オアア
  • デコちゃんに、願いを|きなこ

    デコちゃんには人間の友達がいなかった。 その理由はまず、デコちゃんのお父さんが一年か二年にいっぺん、海から山へ山から街へ、まるで旅をするようにあちこち引っ越しをしていて、そのせいでデコちゃんが転校ばかりしているってことがひとつ。 それから、デコちゃんが極端に内気で、恥ずかしがり屋だってことがひとつ。 例えばデコちゃんがつい最近、小学校に入学してから二度目の転校をした三年生の春の転校初日。教卓の前に立っているデコちゃんを見て「ガリガリ」「チビ」「髪の毛がくしゃくしゃだ」なんてこそこそ話をする同級生三四人、六八個の瞳の前で「自己紹介をしなさい」と言われたデコちゃんは、緊張して喉がカラカラになり、背中にじっとりと汗をかいて、頭の中が雪の日の空みたいに真っ白になった。 そしてやっとたったひとこと 「…か、かえります」 と言ってスグ、教室から逃げ出して、自分の家に帰ってしまったことがあるくらい。 そ

    デコちゃんに、願いを|きなこ
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    nyah 2023/07/31
  • 短編小説:みどりの魔女

    1 魔女は、俺達の通っていた小学校から山に向かって伸びる真っ直ぐな道を15分ほど歩いて辿り着く山の入り口のすぐ近く、登山道の脇の小道の突き当りのまるで人間が訪ねてくることを拒むように建てられた古い屋敷に、ずっと昔から住んでいた。 夏の朝にはいつも濃い霧の立ちこめるその土地は栗の産地で、屋敷にも栗の木が何も大きく育ち、蒼とした深い森のようになっていた。 その森と屋敷をぐるりと囲むヤマモモの生垣の隙間から時折垣間見える屋敷のあるじのひとりは、髪が雪のように真っ白で、瞳は森と同じ深い緑色、年中黒いレースのワンピースを纏っていた。そしてもうひとりの方は瞳の色は黒く、髪は黒髪に白髪の幾分か混ざった灰色で、時々飼っている黒を抱いて庭を散策していた。 いつの頃からか、町の子ども達は屋敷のあるじを『みどりの魔女』と呼ぶようになった。その『みどり』というのが魔女の瞳の色から来ているのか、それともその深

    短編小説:みどりの魔女
    nyah
    nyah 2023/07/21
    すき/描写が細やかで結構「説明が多い」んだけど、読ませるし、そういうテンポになってゆく
  • 短編小説:梅ちゃんの一生|きなこ

    nyah
    nyah 2023/05/24
    ワオ……パワに流されて淡々と読まされて驚嘆してそのまま淡々と最後まで読めちまった なんだこれ
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