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富野由悠季と*アニメに関するohagi23のブックマーク (4)

  • 富野監督の「ターンエーはGレコの500年くらい昔の話」発言から感じた事

    8/27のガンダムカフェで開催されたGレコ勉強会。 ゲストは富野監督と石井マークさん。 勉強会のクライマックスは、 この勉強会の質疑応答の中で富野監督は、質問者から 「初めて時間を遡った作品を作られた心境を」と聞かれたところ 「ターンエーはGレコの500年くらい昔の話」 という返答をしたところ。 私は目からウロコだった。 監督自身による「Gレコ」が「ターンエー」より後の作品という発言に驚かされた。 私は「ターンエー」で提示された 黒歴史そしてガンダムの全肯定という概念に対して 「ターンエー」以降に作られるガンダムも全て黒歴史となり 全てのガンダムの終着点として「ターンエー」があると思っていた。 「SEED」も「00」も「AGE」もこれからの「鉄血のオルフェンズ」も 全て黒歴史になって、最後に「ターンエー」の世界が訪れると思っていた。 「ターンエー」が歴史の最後という位置づけで今までのガンダ

    富野監督の「ターンエーはGレコの500年くらい昔の話」発言から感じた事
    ohagi23
    ohagi23 2015/08/28
    ガンダムアニメの見方が刷新される富野監督の発言。
  • 「Gレコ」の物語の本質と「G」に込められた5つの意味について

    「Gのレコンギスタ」25話を視聴。 物語も佳境を向えて、話の終着点も見えてきた感じだ。 では「Gレコ」の物語とは何だったのか。 異郷から故郷へ戻る物語としての「Gレコ」 まず富野作品における物語の大筋の傾向として、 異郷の地から故郷・祖先の地へ、元の所へ戻ろうとする展開が挙げられる。 1999年の「∀ガンダム」では月から地球へ帰還する人たちの物語。 2002年の「キングゲイナー」ではウルグスクからヤーパンへエクソダスする人々の物語。 2006年の「リーンの翼」ではバイストンウェルから日へ戻ろうとするサコミズ王の物語。 「Gレコ」も、月のトワサンガ・金星のジット団といった宇宙の諸勢力が レコンギスタという名目で地球に戻ろうとすること。 そして地球育ちのベルリとアイーダ達が宇宙に旅立ち、 月と金星へ向かい、そして地球に戻ってくる事も含めて、 異郷(宇宙)から故郷(地球)へ帰ってくる物語といえ

    「Gレコ」の物語の本質と「G」に込められた5つの意味について
    ohagi23
    ohagi23 2015/03/21
    Gレコは宇宙という異郷から地球という故郷へレコンギスタする人々の始まりの物語
  • 「Gレコ」における巨大MAと女性の悲劇の歴史-バララとユグドラシル

    はじめに-ユグドラシルの魅力 「Gのレコンギスタ」24話はバララ・ベオールが乗る 巨大モビルアーマーのユグドラシルの描写が圧倒的だった。 ユグドラシル、北欧神話でいう世界樹の名を関する機体は伊達ではなく ユグドラシルが放つテンダービームが世界樹の形のように広がるビジュアルは 今までに見たことがないエフェクト表現だった。 戦争という凄惨な空間でありながら、テンダービームには美しさがあった。 これを見られただけでも、幸せだった。 巨大モビルアーマーと女性の関係性 さて今回の主役は、マニィがルインの元に戻って来たことで 自分の居場所が無くなってしまったバララ・ベオール。 さてバララがこの巨大モビルアーマーユグドラシルに乗ったのは ガンダムシリーズ的に色々思うところがある。 まず女性と巨大モビルアーマーといえば、 今まで1stガンダムであればララァ・スンがエルメス。 Zガンダムでいえば、フォウ・ム

    「Gレコ」における巨大MAと女性の悲劇の歴史-バララとユグドラシル
    ohagi23
    ohagi23 2015/03/14
    巨大MAは複雑な立場に立たされる女性の心を縛る居場所として存在している
  • 宮崎駿と富野由悠季の「大量消費」観

    今週、TBSラジオの「荒川強啓 デイ・キャッチ!」で宮崎駿氏のインタビューが放送された。 その中で気になったキーワードは「大量消費」だった。 宮崎駿「何を言っているかっていうと、大量消費という文明そのものに問題があるんですよ。日国に起こっていることだけじゃないんですよ。」 宮崎駿「大量消費文明そのものが行き詰まりつつあるからあちこちで騒ぎがおきているんだと思う。」 宮崎駿「だからこんな民族にねろくな判断がつくはずないんですよ。大量消費文明そのものが行き詰まりつつあるから、あちこちで騒ぎが起こっているんだと思うんですよ。でも大量消費をしたいんですよみんなね。それが、もうできないんです。」 大量消費文明があと何年続くか、五十年だろうというんですが、僕は三十年くらいだろうと期待しているんです。大混乱が起こって、不幸も病気も戦争も、くだらないことがいっぱい起こるんですよ、人間の歴史ってそういうも

    宮崎駿と富野由悠季の「大量消費」観
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