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この前の土曜からそんなことを考えている。その日、オタ友達と二人で居酒屋で飲んでいた。彼は『バクマン』と『少女ファイト』が王道的少年漫画でありながら何故現代性を帯びているのかについて喋っていた。曰く、「『少女ファイト』は明確なライバルを作らない。キャラクターが対峙するのは常に己のトラウマとコンプレックス。敵を個人の内部に置くことが現代性を生んでいる。対して、バクマンは明確なライバルは存在するが主人公たちの漫画論や薀蓄が読者と擬似コミュニケーションをし、触発された読者は自らも漫画論を語りだす。非常にブログ的な漫画。漫画キャラにトラックバックを送ることで読者たちのコミュニケーションも活発になり、盛り上がる」。内容の是非はともかくとして、僕は彼の話を聞くのが好きだ。そして、話題はニコニコ動画になった。彼は「実況動画」にハマッていると教えてくれた。ゲームをやりながらプレイヤーのトークするというもので
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ちょっと時間がないので完全なメモだけですけれども。 沖縄での米兵によるレイプ事件について、ネット上でも(それ以外でも)色々と議論が起きているようです。わたくし、この問題には何となく口を挟みにくい気がしていた。Macskaさんがここのコメント欄で述べていらっしゃることと、理由はまったく同じ。 少女に対する性犯罪をきっかけに日本本土におけるメディアの扱いや世論が沸騰するあたりは、少女の性を日本植民地主義と米国植民地主義で取り合っているだけのような気がするので距離を置きたいと思っています。そうなるまで沖縄の人たちがどれだけ負担を押しつけられているのか気にしようともしなかったのに、こういう事件があったときだけ大騒ぎするのはおかしいし、普段は性暴力について何も考えていない人が、加害者が米軍兵士だった場合だけ大騒ぎするのもおかしい。 沖縄の負担について考えないわけではないけれども、積極的に何かをしてき
「児童ポルノの所持を規制すれば性犯罪は減る」 「児童ポルノの所持を規制すれば性犯罪は増える」 という二つの言説があります。 これはおそらく、どちらも正しい。 ポルノは性欲を促進させる上に その対象を卑下することを肯定しますが、 肥大してしまった欲求を ただ禁止するだけでは意味がありません。 多くの人が誤解していますが、 性犯罪の根底にあるのは性欲ではありません。 性犯罪の根底にあるのは支配欲であり、 支配欲の根底にあるのは貧しさです。 経済的に貧しい者や心の貧しい者が 自分よりも弱い者を求め、 自分を強者であると確認するために 弱い者を抑圧し、蹂躙するのです。 また、こちらも多くの誤解がありますが、 日本で性犯罪件数が少ない理由は ポルノが禁止されていないからなどではありません。 理由のひとつは、この国が総中流社会と 言われてきたように比較的豊かで、 多くの人に守らなくては 生活もままなら
(萌えプレさんより) はてな匿名ダイアリー > 二次元行きたい 男オタの間では結構「ルイズは俺の嫁」「長門とチュッチュしたいよぉー」「ハルヒとセクロスしたい」とか簡単に言えてそれが許容されるところがあるけど 女オタの間では「キャラと自分」的な妄想って凄く白い目で見られるのは何故なんだぜ?「キョンは私の婿」とかそういうのあんまり無いんだよな。ネタでさえも。寧ろ「キョンは古泉の嫁」みたいなのはあるけど。そういう801方面ではいくらでも変態的な妄想が許容されてるけど「キョンに抱かれたい」とかそういうのは「キモ」「漫画のキャラが好きとかwwwwwwww」って嘲笑対象になる いやそりゃ、確かにキモいんだけどさ。でもそりゃお互い様じゃねーの?と思うんだけどね。 しかしなんだろうね、女オタ界では「漫画キャラと自分」的な妄想はネタであってもかなり忌み嫌われてるんだよ。何故なんだろ?801愛好者の方が多いっ
インターネット上の書店「アマゾン」の利用者が商品について投稿する批評欄「カスタマーレビュー」に、いったん掲載された好意的なレビューが削除されたとして、話題作「日本語が亡(ほろ)びるとき」の著者で作家の水村美苗さんが、「削除理由について納得のいく説明がなく、公正さが疑われる」と批判している。ネット上の批評をめぐる議論に一石を投じる発言だ。 「カスタマーレビュー」は、利用者が本などを星一つから五つまでの5段階で評価して批評文を投稿するもので、誰でも閲覧できる。 「日本語が亡びるとき」の発行部数は5万部。版元の筑摩書房によると、同書の「レビュー」のうち、昨年11月5日の配本から12月15日までの間に五つ星レビューが少なくとも六つ消失した。 アマゾンの「ガイドライン」には「長さは800字までに」とあるほか、「冒涜(ぼうとく)的、猥褻(わいせつ)、また悪意を含む表現や動画」など17項目の掲載禁
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/26ca7359e6d2d15ba74bcdf9989bee56 村上春樹のイスラエル賞の受賞スピーチが池田信夫ブログに上がっていて、日本語訳も作った人がいるんだけど、どれもしっくりこなかったので訳してみた。 〔以下訳〕 だから僕はエルサレムにやってきた。小説家、あるいは嘘つき機として。 小説家だけが嘘をつくわけではない。政治家も嘘をつく(大統領閣下、ごめんなさい)。そして、外交官も。しかし、小説家は他の人たちとは違っている。僕たちは嘘をついたからって咎められたりしない。むしろ賞賛される。そして嘘が大きいほど賞賛も大きくなる。 僕たちのつく嘘と彼らのつく嘘の違いは、僕たちの嘘は真実を表に出す手助けをすることだ。真実のすべてを掴み取ることはとても難しい。だから、僕たちはそれを架空の世界へと映し出す。しかし、僕たちは手始めに
とりあえず、熱。出すぎやろ。 というわけで、昨日から寝込んでしまっていて、何も思うようにならない。なので速報だけ。 受賞演説については、エルサレム・ポストの記事が一番詳しいとみなされているようで、ガーディアンの記事もそれに準拠している。 全体としてややマイルドながら政治性が出ていて、なかなかの名演説だ。冒頭のところ(「小説家、つまり職業的な嘘吐きとしてここに来ました。政治家も外交官も嘘をつきますが、小説家が違うのは大きな嘘をつけばつくほど褒められることです」「僕が嘘を言わない日は一年に何日もありませんが、今日はその日です」)はかなり受けがよかったらしく、記者も熱心に引用している。色々考えたが、何も言わないより言うことを選んだ、というユーモアを込めた展開。そして壁の話。高い壁にぶつかる卵という、読者にはおなじみのフレーズ。壁が非道なことを行なわせる、壁に支配させてはならない、という政治的な含
今まで好きになったのとはちょっと違うタイプ。 今までは自分とはちょっと違う方向性に魅力を感じることが多かったけれど、 今回は自分と目指す方向性が似ていて、ただ、自分よりも先に進んでいる感じ。 出会いは今朝、グループワーク研修の会場にて。 早めに着いてのんびりしている私の隣の席にすっと座った彼。 配られた紙切れにマジックで名前を書いて、名札におさめ、首に下げて…そのあたりではじめて彼を見る。 その瞬間、私はまるで全身を雷に打たれたかのように痺れました。 ぱっと見は女性的でもあるのだけれど、よく見るとまっすぐで、男らしい力強さを秘めている感じ。 個性的ないでたちながらも、全体のバランスが取れていて… そして私は完全に恋に落ちました。 …彼の字に。 それからというもの、私はもう気が気じゃありませんでした。 「名前だけじゃなく、はやくもっと彼の字を見てみたい」 幸いその日はグループワークだったので
留学に行く前、27歳の若い平社員だった頃。いつか本を書けたらいいな、と考えていた。とはいえ、持ちネタといえば、投資ファンドの裏話くらいしかなかった。ワード文書で20ページくらい、頑張って書いてみたが、内容は薄く、全然本になりそうなものではなかった。やっぱり100年早いのかなぁ、そう思ってあきらめた。 留学が決まった2004年1月。ちょうど「ウェブログ」と呼ばれるものが話題になっていた。自分でもやってみようと思った。かつての上司とランチをして刺激的な話を聞いたので、1本目の記事として書いてみた。2004年2月。それから、続かなかった。考えてみれば、子どもの頃から日記が2日以上続いたことはなかった。次に書いたのは、渡米した7月末だった。 大学では卒論がなかったので、本当に長い文章をこれまでの人生で書いたことがなかった。メールか、仕事で書いた10ページくらいの投資案件のメモくらいか。書く能力が著
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