2009年1月、足掛け三年のエジプト留学の第一日目に、アムステルダム経由で深夜のカイロ空港に到着した。空港から市街地に向かう埃っぽいタクシーに乗り込むと、古びたラジオからアラビア語の歌が流れてきた。 そのときわたしはヴァイオリンを一台、日本から抱えてきていた。音楽はまったくの専門外で、ときおり遊びで好きな曲を弾く程度のアマチュア・ヴァイオリン奏者だったけれど、長期滞在のあいだにエジプトでも何かしら演奏の機会があるかもしれないと考えて、留学先に抱えていくことにしたのだった。それまでのわたしにとって、ヴァイオリンとは西洋クラシック音楽を演奏するための楽器であり、ヤッシャ・ハイフェッツ(20世紀を代表するロシア出身のヴァイオリニスト)の演奏がヴァイオリン演奏の最高峰だと考えていた。西洋クラシック音楽以外のヴァイオリン演奏を聴くことは普段の生活ではほとんどなかった。 ラジオから流れてきた歌のバック
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