大学生の頃好きだった男の子 18歳の春にさくら色の稲妻が落ちて スープを煮込むみたいに時間をかけ気持ちを育んで 19歳の冬に、恋は実った その男の子は、ひとつ年上で 関西圏外出身のため標準語を話していた 煙草と映画と写真を撮ることが好きで 茶色がかった短髪に黒縁眼鏡が似合っていた 歩く姿はすこし猫背気味で お酒を愉しむみたいにたっぷりと煙草をくゆらせて 人と人の間をすいすい縫っていた わたしはスープを煮込んでいる間 相手のことを理解するための観察を怠らなかった 鞄から彼が無造作に取り出した本からは 煙草の匂いがして いつもわたしをクラクラさせた 彼が大事にしていた本の中に 『私の好きな孤独』というものがあった どのストーリーのなかにも 自分を見いだせる と、彼は言って 『窓』と題された文章を、声に出して読んでくれた それはこんなふうにはじまったはじめに言葉があり、街の言葉は窓だった。