私たちの世代にとって、山口昌男はじつに偉大な解放者だった。1970年代、世の中ではきまじめであることが美徳とされ、自分のしていることは正しいと誰もが思いたがっていた。その時代に山口昌男は知識人たちに向かって、そんなつまらない美徳は捨てて、創造的な「いたずら者」になれ、と呼びかけたのである。 その呼びかけは、硬直した左翼思想にうんざりしていた多くの若者の心に確実に届き、「いたずら者」のイメージ(それを山口昌男はしゃれて「トリックスター」と呼んだ)は、たちまち知的世界の流行になった。文化人類学という戦後にアメリカから輸入された新しい学問までがその影響を受けて、哲学にかわって知的世界の前線を開く、ずいぶんとかっこうのよい流行の学問になった。 山口昌男の大胆不敵な行動力には、もっと驚かされた。北海道生まれの彼は、土地の呪縛からも十分に解放されていて、アフリカでもメラネシアでもヨーロッパの片田舎でも