(岩波書店・1890円) ◇戦前の浅草で培われた言葉を知る喜び 長年、国語辞典の編纂(へんさん)にたずさわってきた国語学者が、おりおりに洒脱(しゃだつ)な筆致で綴(つづ)った随筆をまとめた一冊。著者は大正十五年(一九二六)、浅草のメリヤス問屋に生まれ、二十歳まで浅草で暮らした生粋の下町っ子である。本書は、国語学者としての著者の鋭い言語感覚が、生まれ育った戦前の浅草暮らしのなかで培われたことを如実にものがたっている。 本書は、「町の子だった日」「そのかみの鼓動」「東京の地名を歩く」「兵隊は」「辞書編纂の折節に」「文芸の小みち」「勤めは引いた」の七章からなる。最初の二章は子供のころを語ったものだが、具体性にあふれ、すこぶる面白い。 たとえば、当時の子供は男女を問わず、「あたい」というのが普通であり、お医者の子でもなければ、「ぼく」は使わなかった、とか、親の呼び方は、「とうちゃん」「かあちゃん」