「いやはや、なんとたわけたことを!」と、ドン・キホーテがひきとった。「検閲官によって認可され、国王陛下の勅許を得て印刷された書物、大人も子供も、貧しき者も富める者も、学識ある者も無知な物も、平民も貴族も、つまるところ、その地位や境遇を問わず、ありとあらゆる人びとがひとしく喜びを覚えながら読み、褒め称える書物が嘘いつわりであるはずがござろうか?」 ミゲル・デ・セルバンテス『ドン・キホーテ』前編(三)、319頁、牛島信明訳 『中二病でも恋がしたい!』*1、二話まで観た。これは、『涼宮ハルヒの憂鬱』の痛烈な(セリフ)パロディ、あるいは自虐的な痛々しさを伴った批評である、と言うことはもうすでにいろんなところで百万回ぐらい言われているはずだが、それでも言う。小鳥遊六花はハルヒであると。そしてそれ以上に、ドン・キホーテであると。 言うまでもなく、フィクション(小説)は二種類に分けられる。「『ドン・キホ