3月6日(日)に放送された第9回では、真田昌幸が北条氏から離叛し、今度は徳川氏に従属したところ、その北条氏と徳川氏が和睦・同盟を結んで、六月から始まった「天正壬午の乱」が終息したところまでが扱われていました。 最後のところで、和睦は北条氏からの働きかけ、となっていましたが、これは確信犯的に史実を変えているところになります。実際は、織田信雄・信孝兄弟から徳川家康に早期の和睦が要請され、それをうけて家康から北条氏政に和睦が持ちかけられたのでした。しかしドラマでは、真田の離叛によって北条が危機に陥ったことを強調した都合から、そのような設定になっています。大河ドラマはあくまでも史実を基にしたドラマであって、決してドキュメンタリーではないんですね。こうしたところは、時代考証としても納得したうえのことなのです。 また今回では、堀田作兵衛(興重)がどういう立場であったのかがよく示されていました。ドラマで