◆「わかる」ことの悲劇と救い 「わかる」ことは、人を孤独にする。わからないすべての他人を敵に廻し、わかり知る密室に閉じこもることになるからである。 とくにわかる対象が自然物ではなく、人間の知恵や才能である場合、事態は致命的な悲劇となる。他人の優越がわかればわかるほど、人は自分にはそれができないことが切実にわかり、自分自身をも見下して、孤独を深めるほかはない。 もっと悪いのは、しばしばわかる人は当面の好悪の対象だけでなく、あらゆる世事について独特の趣味判断を抱くことが多い。音楽の深奥をわかる人は、万事につけてあたかも音楽を聞き分けるかのように、とかく過度に繊細で狷介(けんかい)な態度をとりがちになる。 ベルンハルトの小説集『破滅者』は、二編の中編作品、表題作と「ヴィトゲンシュタインの甥」からなっているが、いずれも要約すればこの「わかる」人の「わかる」がゆえの悲劇だといえる。二作とも主人公がわ