日本プロ野球史には数々の語り継がれる名選手がいる。その中でも「鉄腕」の名をほしいままにした稲尾和久氏が2022年、没後15年を迎える。伝説の日本シリーズ4連投以外の知られざる伝説の数々をご紹介する。(全3回の第1回/#2、#3へ) 稲尾和久は1937年6月10日生まれ。野村克也、長嶋茂雄よりも2学年下、王貞治、張本勲よりも3学年上。筆者は野村、長嶋、王、張本は野球場でプレーする姿を生で見ているが、稲尾和久の選手時代は知らない。同世代の選手よりもかなり早く1969年に引退しているからだ。 しかも2007年には世を去っている。没後15年、稲尾和久とはどんな野球人だったのか、追いかけてみたい。 稲尾は温泉で有名な大分県別府市の生まれで、7人兄弟の末っ子。生家は漁師で8歳から父の船に乗って漁に出ていた。昭和の野球本には、同郷の大横綱・双葉山定次とともに「子どものころから漁に出て、波に揺られて粘り強