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ブックマーク / kokorosha.hatenablog.com (4)

  • 下戸がノンアルコールビールを飲んで「おつまみ」の概念を理解した話 - ココロ社

    アルコールが苦手で、飲酒する人の習慣がわからないまま半世紀以上生きてきた。とくにわからなかったのが「おつまみ」という概念である。otsumami……omotenashiの親戚のような語感。おかずでもなく主でもない謎の存在。非アルコールの領域でこの「おつまみ」に近い概念といえば、おそらく「お茶請け」であるが、わたしは甘い物が好きなので、お茶請けも瞬く間にべつくしてしまって、お茶請けというより、お菓子をべてからお茶を飲むというだけである。 さらにわからなかったのが、「お通し」である。「おつまみ」の概念に近いのかもしれないと思っていたが、飲店への献金のようなものだと認識していた。 邦においてノンアルコールビールが初めて売られたのが1986年であることをわたしは忘れてはいない。宝酒造の「バービカン」で、高校1年生の時に飲んだのだった。他はさておき、味覚についてはノーマルな感性しか持ってい

    下戸がノンアルコールビールを飲んで「おつまみ」の概念を理解した話 - ココロ社
    quick_past
    quick_past 2024/05/26
    ビールを飲むと、肩がめちゃくちゃ凝って、下腹が重く、いたくなってくる。ノンアルコールでもそうなるから、ホップや麦が原因なのかなと思ってる。
  • 「選挙権を放棄する」というライフハック - ココロ社

    よく日記などで「選挙に行かなかった」とかチラッと書くと説教をしてくる人がいます。まあ、わたしはマゾなので、そういった不快さも嫌いではないのですが、連続するとちょっと面倒な気持ちになります。そんな感じで、選挙権を得て15年以上経つものの、選挙に行ったことがありません。こう言うと、きまって「せっかくの選挙権を粗末にするとは何事だ!…一票の積み重ねが日を動かすのです!」と怒る人がいるのですが、それは問題のすり替えかと思います。そもそも、そう言う人は、自分の支持政党以外に投票されたら自分の投票分がチャラになって困るはずなのですが、「民主党に投票しよう」と言わず、「選挙に行こう」と、回りくどい言い方をする。もっと素直になればいいじゃないかという気もします。なぜ、「主義主張は人それぞれだけど、とにかくみんな投票に行こうぜ!」と言うのか。それが民意だというのであれば、自分の給料が激安になっても平気なの

    「選挙権を放棄する」というライフハック - ココロ社
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    quick_past 2022/08/18
    このころ、「ライフハック」ってワードがよく使われてたね。「捗るぞ」ってのもあったっけ。だいたい、何の役にも立たないか、あるいはそれがどうしたとしか言いようのない、俺様ノウハウだったが・・・
  • 中年女性を揶揄するフォークソングとハンバーグ定食の間で - ココロ社

    ラーメン屋などでオリコンのヒットチャートが有線でかかっていることはよくある。音楽にこだわりがないなら無難な音楽をかけてほしいと思うのだが、まさにマジョリティーにとっての「無難な音楽」がオリコンのヒットチャートなのだろうから耐えるしかない。わたしは正確にオリコンのチャートを把握してはいないので、もしかすると店主の心のオリコンチャートの上位にランキングした音楽をかけているのかもしれない。それならそれで、使用料を支払わずに流していることになるため、わたしの心のJASRACが黙っていないはずだが、それはともかく、そのような体験をするたびに、お口に広がるおいしさと内耳に広がるつらさが極まった状態になったらどうなるだろうかと思っていたのだけれど、先日、その暫定的な答えを得た気がしたので報告させていただきたい。 仕事が早く終わったある日のこと。まっすぐ帰宅するのも味気ないので、ほとんど降りたことのない駅

    中年女性を揶揄するフォークソングとハンバーグ定食の間で - ココロ社
    quick_past
    quick_past 2019/04/04
    昔のフォークソングだってそんなもんだよ。そもそも日常感や問題意識を歌ってきたものだし、井上陽水だって「フェミニスト」っていう、揶揄する歌書いてるし。歌手の偏見までストレートに出ちゃうのがフォーク
  • その昔、『一杯のかけそば』というマッドな童話があった - ココロ社

    ココロ社です。 今回は、元号が昭和から平成に変わったころの話。 あのとき、『一杯のかけそば』という童話が空前のブームになっていた。 話のあらすじはこうだ。 ある年の大晦日、子供二人連れの母親がそば屋を訪れ、お金がないがどうしてもべたいと、一杯だけかけそばを注文し、三人で分けあってべた。 その年からしばらく、大晦日には三人で来て、一杯のかけそばを注文してべていたが、ある年からぱったりと来なくなった。そば屋は、三人がまたいつか来てくれると思って何年も待っていた。 来なくなってから10年以上経ったある年の大晦日に、あのときの三人がやってきた。子どもたちは立派に成長していた。聞くと、それぞれ銀行員と医者になり、この蕎麦屋でかけそばをべるためにわざわざ集まったという。三人は三杯のかけそばを頼んでおいしくべたのだった。 若い人には信じられないかもしれないが、平成になりたてのころには、この作り

    その昔、『一杯のかけそば』というマッドな童話があった - ココロ社
    quick_past
    quick_past 2016/01/01
    昭和ならまだしも平成になってまだこんなことやってんだと当時思ったわ。一家で食べ物を分ける話ならこれを読むべき。http://goo.gl/yHJ7d
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