これまでにnoteにて「何者かになろうとする人」「友達がいない人」に関して思ったことを書いてきましたが、毎回結論は「地に足をつけて生きていくほうが良い」という、多くの人が親から200回以上言われたことのあるところに着地しており、自分の人生が着実に「終わり」に向かっていることを実感することも増えてきた昨今では、そうした「普遍」こそが人間社会を支えているものであり、その退屈さに愛おしさすら感じるようになってきました。 とはいえ、それがやはり退屈だと感じるヤンチャボーイはまだ心の片隅に残っていて、十中八九「普遍」に辿り着くものであるというのは理解しつつも、藪をつついて蛇を出したうえでキャッキャできるんじゃないかという淡い期待を込めて、今回は「空気が読めない人」について書いていきたいと思います。 超長いです。 1.「空気を読む」ということ 【1】「空気を読む」という表現が一般に使われだしたのはいつ