今治市高市の地に鎮座する神社を訪れると、ある「食い違い」に気づかされます。公式な名称は「貴布祢神社」でありながら、拝殿の正面に掲げられた社号額には、堂々と「高市神社」の文字が刻まれているのです。 この「高市」という名は、かつてこの地を治めた豪族・高市氏の名であり、この一帯が「高市郷」と呼ばれた時代の名残です。平安時代末期、平氏と結びつき勢力を誇った高市氏は、源平合戦の荒波に呑まれ、歴史の表舞台から姿を消しました。 政治的な支配者が変わり、時代の要請によって神社の名が「貴布祢」へと塗り替えられてもなお、この四文字が掲げられ続けてきた事実。そこには、単なる慣習を超えた、土地のアイデンティティへの執着が感じられます。 通常、貴布祢神社の主祭神は「高龗神(水神)」ですが、ここでは「大山祇命」が祀られています。ここに、高市氏の「政治的背景」と「信仰の重なり」が見て取れます。 越智氏の流れを汲む高市氏

