5.参加の階段 プロセス段階から住民が参画/白老、ニセコの試みから 胆振管内白老町では九七年八月から二年がかりで情報公開条例の制定作業を続け、今年一月から施行に踏み切りました。ここで注目したいのは、当初から制定過程が公開され、さらに町民の参加の下で進められたことです。作業のスタートに当たっては住民集会で条例の必要性や意義について意見交換し、中間報告も詳細に公表しました。住民の声をできるだけ反映させるために、十人の民間人を検討作業に加え、うち三人は一般から公募しました。 プロセスを絶えず公開することで条例に対する住民の意識が高まり、利用する側に立った意見や工夫も出されました。情報公開を条例制定を前に先取りすると同時に、住民参加を実現していった良い例といえます。 ■職員の意識改革進む 作業の過程で、職員は「積極提供」の重要性に目が向き、「どうしたら住民にきちんと伝えられるか」という論議にまで発
2005年12月21日05:46 カテゴリLogos 英語力より自国語力 主題から外れて申し訳ないが、この指摘は大いにミスリーディングだ。 英語を子どもに教えるな 市川 力 三田典玄の電網解説「だからそれは、さ」: 没落する日本ご存知だろうか?世界的な英語によるコミュニケーションの試験として名高いTOEICの平均点の国別順位を。ここ10年以上、参加国171か国中、日本は150位前後をうろうろしている。日本の下にいるアジアの国は、北朝鮮しかいない。日本のマスコミは、ベンチャーが、起業が、などと煽る前に、もっとやることがあるだろう。以前にもここやここに書いたが、外国語が不得手な国は、むしろ国力が大きく、自国語だけで間に合う度合いが高いゆえにそうなるのではないか。 実際欧州では、小国の人ほど英語が達者だ。英語が話せないデンマーク人とオランダ人を私は知らない。ベルギーに至っては国内融和のために中立
このマンガ好きだったらこの小説読んでみなよー。この小説が面白いんなら、このマンガ、絶対おすすめ。そんなふうにおもしろい本の世界を倍々でひろげていきます。最終回は、絶望の果てに何を見る? なマンガと小説を! 「絶望は死に至る病である」(『死に至る病』)といったのはデンマークの哲学者、セーレン・キルケゴールです。 肉体の死は究極的な死にあらず、終わりのない、精神の死こそが絶対的な死であり、絶望はそこに至る道であるということであります。 前回とりあげた『最強伝説黒沢』の黒沢、『告白』の熊太郎も、絶望に身をよじり、とんでもないことをしでかしました。絶望はたしかに、肉体の死よりもつらい、苦悶への道程なのかもしれません。 人は他者を、理想の自分を、そして自分を取り巻く世界を意識せずにはいられません。自分にないものをそこに見て、もしくは自分を受け入れない世界を呪って、絶望します。絶望とは、人間存在
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