オリエント史研究に情熱=戦争、皇室批判も-激動の一世紀歩む・三笠宮さま 東京芸術大美術学部の客員教授として「古代オリエント美術史」の特別講義をされる三笠宮さま=1985年12月、東京都台東区 亡くなられた三笠宮さまは終戦まで軍人生活を送り、戦後は古代オリエント史研究に情熱を傾け、「オリエントの宮さま」と呼ばれた。戦時中の体験から戦争批判を繰り広げ、歴史学者の立場から紀元節復活に反対。時に大胆な発言が波紋を呼んだが、暗い時代に戻るまいとの強い決意の表れでもあった。 ◇聖戦の裏側で 第1次世界大戦中の1915年12月生まれ。幼少時に童謡を作詞し、「童謡の宮さま」と呼ばれた。陸軍大学校を卒業した41年12月、太平洋戦争が始まった。意気盛んな青年将校だった三笠宮さまに、戦争に対する決定的な疑問を抱かせたのは、支那派遣軍総司令部参謀として赴いた戦地の中国・南京で見聞きした日本軍の残虐行為だった。
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